今井美樹が語る、35年のキャリアと愛され続ける楽曲たちとの向き合い方 今の生活にフィットする音楽を届けるために

今井美樹が語る、35年のキャリアと愛され続ける楽曲たちとの向き合い方 今の生活にフィットする音楽を届けるために

 デビュー35周年を迎えた今井美樹から、新作『Classic Ivory 35th Anniversary ORCHESTRAL BEST』が届けられた。アニバーサリーイヤーを彩る本作は「PRIDE」「PIECE OF MY WISH」「瞳がほほえむから」「Goodbye Yesterday」といったキャリアを代表する楽曲をオーケストラ演奏によってセルフカバーした作品。編曲は、千住明、服部隆之、挾間美帆、武部聡志が担当し、クラシック、ジャズを中心に日本を代表するミュージシャンが数多く参加。質の高いサウンドとともに、今井美樹の豊かなボーカルを堪能できる作品に仕上がっている。

 この記念碑的な作品の制作を軸にしながら、シンガーとプロデューサーの関係、音楽との向き合い方、リスナーとの強い結びつきなどについて、彼女自身の言葉でたっぷりと語ってもらった。(森朋之)

今井美樹『Classic Ivory 35th Anniversary ORCHESTRAL BEST』全曲ダイジェスト

ずっと27歳の自分を基準にするのではなく、そのときの自分を基準にしたい

今井美樹(写真=堀内彩香)ーーじつはアルバム『Milestone』(2006年)のときにインタビューをさせていただいたことがあって。20周年のタイミングだったので、15年前ですね。

今井美樹(以下、今井):そうでしたか! 『Milestone』は私も大好きなアルバムなんです。その前の数年は子供が小さかったこともあって、アルバムの制作に、以前のように関われなくなっていて。久しぶりにしっかり関われたのが『Milestone』だったんですよね。

ーー生活の環境によって、制作のやり方も変化しているんですね。

今井:そうですね。最初の頃は、いまの時代ではあり得ないですが、こだわってこだわって、朝までレコーディングするのが当たり前でしたね。だから、母という立場になり、仕事だから! といつまでも現場に居続けられた時とは違う制作スタイルに戸惑いを感じ流ようにもなっていました。自分の作品なのに、しっかり関われないジレンマと言いますか。『Milestone』は西麻布のスタジオで作業していたんですが、プロデューサーの武部聡志さんを中心に、久しぶりに制作に没頭出来て。もちろん子育てをしながらなんですが、すごく思い入れがあるんですよ。

ーー今回のアルバム『Classic Ivory 35th Anniversary ORCHESTRAL BEST』は、今井さんと布袋寅泰さんの共同プロデュース。自分の作品は自分でプロデュースしたいという思いは一貫しているんですね。

今井:どうでしょうね。楽曲の制作、ミュージシャンへのオーダーはもちろん、スケジュールや予算繰りなど、全てを見渡しているのがプロデューサーということであれば、私はプロデューサーではないので。レコードにはプロデューサーと表記していただいていますが、おそらく布袋さんや、プロデュースをしてくださっている方々は「俺にすべて任せてくれよ」と思っているような気もしますが(笑)。もし私に「歌だけで表現できる」という確信があればそうしたと思うのですが、デビューして3年目くらいから、自分の中で「こうしたい」という思いが芽生えてきたんですね。最初の1枚目(『femme』1986年)、2枚目(『elfin』1987年)は(当時の所属レコード会社)フォーライフレコードのプロデューサーの松田直さんが中心となって制作してくださったんですが、少しずつ私も思いを伝えるようになって。3枚目の『Bewith』(1988年)からは、「こういう音楽が好きです」「こういうトーンで歌ってみたい」ということをお伝えしながらレコーディングし始めたんです。松田さんはそれを真摯に受け止めてくださり、とにかく出てくる私の思いを、素晴らしいプロフェッショナルな方々へアプローチしながら作品に仕上げてくださいました。そうやって作品を作ってきたので、作品にはその時々の思いが刻印されています。レコード会社を移籍した後、布袋さんがプロデュースを引き受けてくれるようになったんです。

ーーアルバム『PRIDE』(1997年)をはじめ、90年代から00年代初めまでは布袋さんのプロデュースが続きましたからね。

今井:ええ。布袋さんがシンガーの私のために曲を書いて、サウンドを作ってくれて。私はそこに身を委ねるというやり方ですよね。自分とは違う視点の曲も入ってきて、新しいトライもたくさん経験して、すごく幅が広がったんですよ。彼がプロデューサーとして立っているときは1000本ノックを受けているような感じもありましたけど(笑)、それがとても力になっていると思います。その後、武部聡志さん、河野圭さん、亀田誠治さんなどいろいろな方と一緒に作品作りをするのですが、松田直さん、布袋さんとの制作の経験はしっかり私の血肉になっていたし、「それをどう表現するか?」という段階に入って。

ーーその最初の作品が『Milestone』だったと。

今井:はい。2012年にロンドンに移住してからは、また制作の方法が変わりましたし。ここ数年、布袋さんプロデュースの作品は出していないですが、一番近くにいてくれるのはやっぱり布袋さんなんですよ。夫としてというより、音楽をやっている者同士のつながりというのかな。お互いの好きな音楽、「いい!」と感じる感性は彼とじゃないと共有できないものがあります。私の思いを一番わかりやすく言語化してくれるのも布袋さんだし、だから今回のアルバムにも関わってもらっているんです。プロデューサーというより、総監督のような立場というか。

今井美樹(写真=堀内彩香)

ーー「キャリアを代表する楽曲をオーケストラの演奏でセルフカバーする」というコンセプトも、布袋さんと二人で決めたんですか?

今井:そのアイデアは、ロンドンに移った頃から布袋さんがずっと言っていたんです。これだけ長い間、たくさんのリスナーのみなさんに愛してもらっている曲があるんだから、もう一度、それを形作ることは絶対にやったようがいいって。でも私としては、ロンドンに移住してから感じたことを曲として残しておきたくて、オリジナル曲を優先してきました。これまでの楽曲をオーケストラの演奏でリアレンジするって、特別じゃないですか。「じゃあ、やろうか」という感じでやれることではないし、「今だ」というタイミングを待っていたというのもありましたね。35周年というタイミングで実現したのは、自然な流れだったと思います。

ーー今井さん自身のタイミング、「今、この作品を作りたい」という思いとしっかり重なっているんですね。あくまでも自分の意思でジャッジしているというか。

今井:100%自分の意思だけで進んでいるわけではまったくないんですよ。ただ、「ん?」と思ったまま進めるのは違うといいますか。若い頃、周りは年上の大人たち、プロフェッショナルな人たちばかりで、自分の思いを言えない時期もあって、そのときの後悔の気持ちは忘れていないんです。あの頃はまだよかったんですよ、先があったから。でも、今の私たちは際限なくやりたいことをやれるわけではないし、一つ一つを大切にしないといけないので。もちろん、自分の思い通りの作品を作れるかどうかは、また別の話ですけどね。今回のアルバムの制作でも、もがいてもがいて……。

ーー生みの苦しみは今も変わらない?

今井:今もありますよ、それは。歌にしても、「今のほうがふくよかでいいわ」と思えるところもあるし、あの頃できたことが、今は難しくなっているところもあって。若さのなかで放っていた光を同じように放つことはできないですから。私自身、いつも「新しいものに出会いたい」と思って、その流れのなかで今に至っているんですよね。執着をやめて、「これは要らない」というものを捨てようとした時期もあるし、捨てても捨てても自分の中に残るものもある。そういうトライアルのなかで、「今そこにいるのが、あなたでしょ」って。ずっと27歳の自分を基準にするのではなく、そのときの自分を基準にしたいし、“今”の自分に一生懸命向き合ってきたんですよね。今もトライしたいってことは、まだピースが埋まってないのかなとも思いますけどね。

リスナーは“確かに繋がっている友人”のような感覚

今井美樹(写真=堀内彩香)

ーー『Classic Ivory 35th Anniversary ORCHESTRAL BEST』の制作は、まず選曲からですか?

今井:そうですね。去年のうちにコンセプトを決めて、布袋さんと二人で選曲して。「君がまず、やりたい曲を挙げて。それをもとに客観的に判断するから」と言われたんですけど、まあ絞れないわけですよ(笑)。35年の歴史の中に相当な数の曲があるし、そのときどきの色合いもあって。「PRIDE」「PIECE OF MY WISH」「瞳がほほえむから」のような「リスナーのみなさんがこれは絶対に待っているだろうな」という曲もあるじゃないですか。歌ったのは私だけど、いまや聴いてくださるみんなのものになっている曲だし、それは絶対に入れたくて。このアルバムが何を意味しているかというと、私の音楽を愛し続けてくれている人たちに“ありがとう”と言いたいということで。みんなが聴き続けて、愛してくれたから35年目を迎えられたので。

ーー根底にあるのは感謝なんですね。

今井:はい。だからこそ、難しかったんですよ。リスナーのみなさんはずっとオリジナル曲を愛してくれているし、それが一番力を持っているのもわかっているので。だけど、あの頃のサウンドと声で作り上げたものを、生活の何気ない場面で引っ張り出して聴きたいかな? と言えば、そうじゃないのかもしれないなって。今の生活にフィットするテンポ感、温度感の音楽がそばにあったら、それを聴いてもらえると思ったんです。この後も(自分の音楽を)ずっと愛してくださるでしょうし、私もずっと歌っていくからこそ、私たちの年齢に合った形にしたかったんですよね。

今井美樹(写真=堀内彩香)

ーー原曲とかなりイメージが変わっている曲もありますね。

今井:「幸せになりたい」「Boogie-Woogie Lonesome High-Heel」もそうですね。原曲はどちらもバブルの名残があって(笑)、すごく元気な曲なんです。「幸せになりたい」はライブでもずっと歌っていて、みんなも大好きで。オリジナルのレコーディングは27歳のときで、ピーン! と歌っているんだけど、あれから30年経って、私にもみんなにもいろいろな人生の変化があって。例えばそれほど頻繁に連絡を取り合ってるわけではないけれど、確かに繋がっている友人のような感覚があって、そのおかげで毎日頑張れるーーそんな私たちのテーマソングなんですよ、「幸せになりたい」は。それをふくよかなオーケストラで聴けるって、嬉しくない? って。

ーーなるほど。

今井:「Boogie-Woogie〜」は布袋さんが勧めてくれたんです。「ライブでも人気だし、ファンのみなさんも好きな曲だと思うから、やったほうがいいよ」と言ってくれて、「そんな嬉しいこと言ってくれるんだ」と思いました(笑)。この2曲の編曲は挾間美帆さんにお願いしたんです。「私たちの世代が気持ちよく聴けるサウンドにしたい」という趣旨をお伝えして、少しテンポを落として、ゆったりスウィングするようなアレンジにしていただいて。レコーディングスタジオで初めて聴いたとき、「カッコいい!」って鳥肌が立ちました。みんなにも早く聴いてほしいですね。「あの曲がこうなったよ。今の私たちの曲でしょ?」って。日々の生活のなかで、サウンドトラックみたいになれたら嬉しいですね。

ーー壮大なオーケストラサウンドを施しても、楽曲の本質が全く変わっていないのも印象的でした。本当に普遍的な曲ばかりだなと。

今井:35年を振り返ったときに、一つだけ自信を持って言えるのは、本当に素晴らしい曲に恵まれているなということなんです。それは今回のレコーディングでも実感したし、スタンダードとして成り立つ曲がたくさんあるなって。制作中に気づいたんですけど、どの曲もキャリアを積み重ねるなかで、その時代にフィットする形で歌ってきたんですよね。オリジナルと完全に同じ演奏はできないし、その時期に出したアルバムのムードに酔っても変わるので。でも元がいいんだから、どんな形であっても、気持ちいいに決まってるんですよ(笑)。しかも今回はオーケストラですからね。素晴しい4人の音楽家のみなさんが、音楽への愛をふんだんに注いでくれて、1曲1曲がとてもカラフルに際立っていて。「私の青春の曲。この曲がまた聴けてうれしい」という喜びに加えて、新しいアルバムとして受け取ってもらえるんじゃないかなって。今井美樹に興味がない方にもぜひ、「この素晴らしい音楽を聴いてみてください」とお伝えしたいです。

ーーこのアルバムを作り上げたことで、シンガーとしての新しい発見や気づきもありましたか?

今井:みなさんにも、私のなかにも原曲に対するイメージがあるなかで、せっかくオーケストラの演奏でリアレンジできるんだから、「自分も新しくなりたい」と思って。「新しさって何?」と迷って迷って、たくさん壁にぶつかって……。ずっと歌ってきた曲ばかりだから、良くも悪くも歌い癖が付いているんだけど、「このサウンド」に寄り添って歌いたいという気持ちがすごくあったんです。はっきりしたビジョンがあったわけではなくて、音楽に身を委ねたら、自然に湧き出ててくるんじゃないかなって。「新しい自分でありたい」ということに一番こだわっていたのは私なんですけど、布袋さんにも武部さんにも「あなたは気持ちよく、楽しく歌うのが一番いい」と言われました。「ずっとそうやって歌ってきたし、そういう美樹ちゃんの歌をみなさんは愛してるんだから」って。あえて変えようとしなくていいし、色を付けなくていいんだよって……でも、やっぱりブラッシュアップしたいじゃないですか!

ーーそうですよね。

今井:いま振り返ってみると、手垢が付いた自分を洗い流したかったんでしょうね。もともと私は「音楽が大好き」というところから始まっていて、音楽や歌に向き合えるだけで嬉しくて。そこに立ち戻ったのかもしれないですね、今回。ただ、自分の主観だけでは成り立たなかったと思うし、やっぱり布袋さんの客観性は必要だったと思います。それはつまり「今井美樹の歌を待っている人のために、どうあるべきか?」ということなんですけどね。

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