宇多田ヒカル、年代ごとのパフォーマンスの凄み 『HIKARU UTADA Live TOP FAN PICKS』名曲ライブ映像から振り返る

 ここからは初期のライブ映像へ。まず『BOHEMIAN SUMMER 2000』(2000年)から「タイム・リミット」。初の全国ツアーの追加公演として初のスタジアムライブ(千葉マリンスタジアム)で行われたこの公演には、00年代のブラックミュージックを支えた名ドラマーのジョン・ブラックウェル(2017年没)をはじめ、凄腕のミュージシャンが集結。ダンサー、DJを含め、彼女のルーツである90年代のR&B、ヒップホップのテイストを取り入れたステージは、初期の宇多田ヒカルの完成形とも言える。初めての大舞台、世界トップレベルのミュージシャンを従えた彼女のパフォーマンスは、驚愕の一言。憂いや切なさを滲ませるブルーズと現代的なタイム感を持ち合わせ、日本語のポップスに昇華させる天性のセンスに圧倒される。「In My Room」における、官能的と称すべきボーカルも、とても10代とは思えない。

 ラストは記念すべき初ライブ『Luv Live』(1999年)からデビュー曲「Automatic」。1stアルバム『First Love』(1999年)のリリース直後にZepp Tokyoで行われたライブの映像だが、16才の宇多田ヒカルのしなやかな身体性に魅了されてしまう。もちろん初々しさはあるが、フロウの気持ち良さ、豊かな感情表現、巧みなボーカルコントロールはすでにしっかりと備わっている。ここから日本のポップシーンはすべてが変わったのだと、改めて体感できる貴重な映像だ。

 番組の最後は、新曲「Time」のMV。キック、スネアの位置を繊細にズラし、ややレイドバックしながらも現代的なビートを描き出すトラック、印象的なエレピのリフレイン、起伏に富んだドラマティックなメロディ、恋人未満、友達以上だけど替えの効かない存在である“あなた”への思いを綴った歌詞。「Time」には、これまでに宇多田ヒカルが培ってきたポップネスがさらなる発展を遂げていること示す楽曲だ。本MVはロンドンにある宇多田ヒカルの自宅で全編撮影されており、照明を抑えた部屋での演奏&歌唱シーン、一人孤独に佇む姿を中心にした映像も美しい。

 これまでのキャリアを遡りながら構成された『HIKARU UTADA Live TOP FAN PICKS』。繰り返しになるが、全ての中心にあるのは宇多田ヒカルの歌そのものだ。日本語を多彩なビートに乗せる技術、ブラックミュージックのテイストと日本の叙情性を自然に共存させるセンス、そして日常にある繊細な感情を奥深いメッセージに導く表現力。耳に飛び込んできた瞬間の気持ち良さ、聴き返すたびに深みを増すメッセージを共存させた彼女の歌は、「Time」からもわかるように、今もなお進化を続けているのだ。

 同時視聴者数2.3万人を記録した『HIKARU UTADA Live TOP FAN PICKS』は、YouTubeのHikaru Utadaチャンネルに1カ月間アーカイブされる。ライブの歴史を追体験しながら、宇多田ヒカルの歌の魅力を再発見してほしい。

 ■森朋之
音楽ライター。J-POPを中心に幅広いジャンルでインタビュー、執筆を行っている。主な寄稿先に『Real Sound』『音楽ナタリー』『オリコン』『Mikiki』など。

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