【全3回】トラップミュージック史(1)サブジャンルとしての誕生とメインストリーム進出の背景
トラップミュージックの起源
Migos、Travis Scott、Lil Uzi Vert、Lil Baby……現代の人気ヒップホップアーティストのスタイルの主流として君臨する、トラップミュージック。ゆったりとしたBPMと手数の多い808、三連符のリズムと歌うようなフロウが多用されるのが特徴のこの音楽は、ハスリングが行われる場所を表すアトランタのスラングから名付けられた。
アトランタのラッパーのGucci Maneは、2018年に「俺がトラップミュージックを発明した」という趣旨のメッセージを2005年頃と思しき写真と共にInstagramに投稿している。しかし、それに対して同じくアトランタのT.I.は「2003年にトラップミュージックが生まれた」と反論。このトラップの起源についての論争は、ヒップホップファンの間で大きな話題を呼んだ。
自身の音楽を「トラップミュージック」と銘打ち、メインストリームで人気を獲得したのはT.I.が先であることは間違いない。しかし、現代の流れに大きな影響を与えたのはGucci Maneだ。また、両者の主張とは別に、フロウの三連符や808の使い方などはThree 6 Mafiaなどメンフィスのヒップホップが起源だとする説も根強い。
本稿では、ハスリングに関するスラングとしてのトラップよりも、音楽性としてのトラップに焦点を絞っていく。スラングとしての発祥の地・アトランタのヒップホップにおける「トラップ」という言葉の初期の使用例から、その言葉と音楽性が紐付けられた経緯やメインストリームへの進行、サウンドの定義の変化や全米への浸透など転換点も多いトラップ史を紐解き、この混沌を極める音楽のルーツや何から影響されて現代の形になったか、そしてこれからどのように変化していくかを探っていきたい。
初期のアトランタのシーンとトラップ
「トラップ」という言葉を用いてハスラーの生活を描いたラッパーは、T.I.のデビュー前から登場していた。アトランタのラップデュオ・Ghetto Mafiaや、1980年代から活動するベテランのHitman Sammy Samらだ。最初に「トラップミュージック」という言葉を全面に押し出してストリートライフを語ったのは、メンフィス出身でアトランタに拠点を移して活動していた3人組グループ、A-Dam-Shameだと言われている。1990年代から「Da Trap Studio」(フィラデルフィア)というスタジオでレコーディングを行っていたA-Dam-Shameは、2000年のアルバム『Dirty Game』に「Trap Niggaz」という曲を収録した。故郷・メンフィスのヒップホップからの連続性を感じさせるビートに乗り、三連符のフロウの使用や「トラップ」という言葉の連発も繰り出した同曲は、現在のトラップに繋がる部分も散見されるトラップ史における記念碑的な曲と言える。 A-Dam-ShameはNittiやShawty Reddといった後の重要プロデューサーをいち早く起用し、トラップミュージックを育んでいった。また、Hitman Sammy Samも、後に連名でシングルも発表するD.J. 1.5が1988年にリリースしたシングル「The Hitman」で手数の多い808を使い、現在のトラップビートの雛型とも言えそうなサウンドを聴かせていた。
しかし、彼らはメインストリームではそこまで大きな人気を獲得することができなかったこともあり、単にアトランタ産のギャングスタラップと見なされていた。そのため、トラップミュージックのブランド化までは至らず、その役割は後進のラッパーが担うこととなった。
T.I.の登場
1990年代から「トラップ」という言葉をリリックで用いたラッパーの一人に、アトランタのラップデュオ、OutkastのBig BoiやCool Breezeがいる。彼らはDungeon Familyというコレクティブに所属しているが、そのDungeon Familyのメンバーがトラップミュージックをメインストリームに送り込むラッパーを見出した。
1996年頃に車でミックステープを手売りしていたT.I.は、Dungeon Family所属の3人組グループ、Parental AdvisoryのKPの目に留まり、彼が主催する<Ghet-O-Vision Entertainment>と契約を果たした。Parental Advisoryは、後にT.I.の制作パートナーとなるDJ Toompを1993年のアルバム『Ghetto Street Funk』で起用している。1980年代から活動するDJ Toompの作風は、初期はオールドスクールな匂いの強いシンプルなものやマイアミベース、Parental Advisoryなど1990年代の作品ではソウルフルなもの、と時代に合わせて変化してきた。T.I.が2001年にリリースした1stアルバム『I’m Serious』でのサウンドは、Dungeon Familyからの流れを感じさせるものや、ルイジアナ勢にも通じるバウンシーなものだった。2003年の『Trap Muzik』もまた、同作の延長線上にあるサウンドだ。ブラスやストリングス、ホーンなどの音を使った曲を好む印象にあるが、これは恐らくT.I.が同じハスラー出身者として目標にしてきたJay-Zの影響だと推測される。しかし、『Trap Muzik』がトラップならではのものをシーンに叩きつけたとは言い難く、現代のトラップに繋がる部分もそこまで多くは発見できない。2004年の3rdアルバム『Urban Legend』でも、確立された作風でスター街道を登って行ったが、トラップというサブジャンルのブレイクスルーには至らなかった。しかし、T.I.のやってきた音楽を発展させる形でトラップに転機が世の中に広がっていくことになる。