【全3回】トラップミュージック史(1)サブジャンルとしての誕生とメインストリーム進出の背景
Young Jeezyのブレイクとトラップのメインストリームへの浸透
西海岸のヒップホップジャーナリストのSoren Bakerによる本『The History Of Gangster Rap(邦題:ギャングスター・ラップの歴史)』では、Gファンクについて「Above The Rawが創り出し、Dr. Dreが世に広め、Snoop Doggが命名し、Warren Gがブランド化したもの」と書かれている。A-Dam-Shameらが創り出し、T.I.が広めたトラップミュージックもまた、別の人物によってブランド化された。トラップにおいてWarren Gの役割を果たしたのが、初期はLil’ Jと名乗っていたアトランタのラッパー・Young Jeezy(現Jeezy)だ。
Young JeezyがLil’ J名義で2001年にリリースした初のアルバム『Thuggin Under The Influence』は、Pretty Kenというアトランタのラッパー兼プロデューサーが5曲を手掛けていた。Pretty KenはParental Advisoryの作品にも参加しており、Attic CrewというグループでT.I.とも繋がっていた人物だ。Young Jeezyに改名し2003年に放ったアルバム『Come Shop wit Me』には、Hitman Sammy Sam周辺のOomp Campらが参加。過去のトラッパーたちともしっかりと繋がっていたYoung Jeezyは、2005年のメジャー1stアルバム『Let's Get It: Thug Motivation 101』と、その前月にリリースされたBoyz N Da Hoodのセルフタイトルアルバムでメインストリームに登場した。Boyz N Da Hoodはレーベル<Bad Boy South>の看板的な位置付けで結成されたアトランタのスーパーグループ。他のメンバーは元<Suave House>のBig Duke、<Bad Boy South>と提携していた<Block Entertainment>所属で<Suave House>周辺でも活動していたBig Gee、Jazze PhaのレーベルでYoung Jeezyも以前在籍した<Sho’nuff>所属のJody Breezeの4人。<Bad Boy South>は、Boyz N Da Hood以前にはBig Dukeとも元レーベルメイトの関係にあたる8 Ball & MJGのみが所属しているレーベルだった。その関係か、Boyz N Da Hoodのアルバムにも、8Ball & MJG人脈と思しきプロデューサーが多く参加している。8Ballの2001年のソロ作『Almost Famous』に参加していたNittiや、同じメンフィス出身のJazze PhaやDrumma Boyらだ。同時期に制作していた『Let's Get It: Thug Motivation 101』にも、Young Jeezyを初期から支えるShawty Reddのほか、Jazze PhaとDrumma Boyの参加がある。
この2枚の作品、特に『Let's Get It: Thug Motivation 101』で聴かせたサウンドは、ブラスやホーンなどを使ったT.I.のサウンドをより仰々しく進化させたもの。Young Jeezyはそのサウンドに乗り、迫力ある低音でアドリブも多く使ってトラッパーの日常をドラマティックに描いた。同作は、Jay-Zが当時社長を務めていた<Def Jam>からリリースされ、Jay-Zも参加し大ヒットを記録。多くのヒップホップファンがこの時期にトラップというサブジャンルを認識し、T.I.もYoung Jeezyの影響を受けたような「What You Know」などの曲をリリースしていった。
トラップ第二の都市・フロリダへのトラップの進出
トラップの首都はアトランタだが、第二の都市はフロリダだ。XXXTentacionを筆頭に、Denzel CurryやLil Pumpなど多くの才能がフロリダから輩出されている。なぜこの地でトラップが発展したのか。そのヒントが、2004~2006年頃の作品に隠されている。
フロリダのラッパー、Trick DaddyはマイアミベースのLukeに見出されながらもサグなキャラクターで登場した。Trick Daddyの2004年のアルバム『Thug Matrimony: Married to the Streets』には、T.I.とブレイク前夜のYoung Jeezyとの共演曲「Fuckin’ Around」が収録されている。Trick Daddyはその後も『Let's Get It: Thug Motivation 101』収録の「Last of a Dying Bleed」でYoung Jeezyと再共演。トラップの人気拡大を近いところで見てきたTrick Daddyが所属するレーベルの<Slip-N-Slide>は、2006年にトラッパーとして新人ラッパーを送り出した。
Rick Rossは、8 Ball & MJGやBig Dukeと同じく<Suave House>にかつて契約していたラッパーだ。その縁か、『Boyz N Da Hood』収録の「Bitches & Bizness」にも参加していた。ドスの効いた低音はYoung Jeezyにも通じる個性を持ち、たとえ元看守であろうとトラッパーとしての素質は十分だった。やはり<Def Jam>からリリースされたRick Rossの1stアルバム『Port of Miami』にはJay-ZやYoung Jeezyも参加し、Rick Rossを一気に人気トラッパーに押し上げた。同作は、DJ ToompやJazze Phaといったトラップではお馴染みのプロデューサーのほか、Cool & DreやThe Runnersといった地元フロリダのプロデューサーも起用していた。この2組は、ハリケーン「カトリーナ」で被災し拠点をルイジアナからフロリダに移した新生<Cash Money Records>のスタートとなったLil Wayneの『The Carter II』(2005年)にも参加していた。Rick RossとLil Wayneが共通して縁の深い人物といえば、ルイジアナ出身フロリダ拠点のDJ Khaledだ。お抱えプロデューサーのMannie Freshが離脱していた<Cash Money Records>は、同郷のDJ Khaledを頼って有力なフロリダのプロデューサーを『The Carter II』に参加させたと推測される。以降、これらの繋がりはゆるいクルーのように共にシーンのトップへと登っていく。
(トラップミュージック史(2)アトランタ、フロリダのムーブメントで変化したサウンドの定義へと続く)
■アボかど
91年生まれ、新潟県出身・在住のG愛好家。音楽ブログ「にんじゃりGang Bang」を運営。
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トラップミュージック史【全3回】
・(1)サブジャンルとしての誕生とメインストリーム進出の背景
・(2)アトランタ、フロリダのムーブメントで変化したサウンドの定義
・(3)多様化と全米制覇 インターネットでの隆盛の先に広がる未来