クラムボン・ミト×ニラジ・カジャンチが語る、ミュージシャンが求めるスタジオの条件とサウンドの潮流

ミト×ニラジ・カジャンチ対談

「192kHz/32bit」のレコーディングは本当に大変だった

【左から】ミト、ニラジ・カジャンチ

ーー実際に、お二人が一緒にやった楽曲というと?

ミト:最初は作詞・作曲・編曲を手がけた「Harvest Moon Night」(ミコチ(下地紫野)&コンジュ(悠木碧)/TVアニメ『ハクメイとミコチ』のエンディングテーマ)だったよね。そのときに佐藤純之介さん(ランティスの音楽プロデューサー)が、アニソンで初の「192kHz/32bit」フォーマットのマスターを作りたいと提案してきて。それ、やるんだったらスペシャルなスタジオの方が絶対に面白いだろうと。真っ先に思い付いたのがニラジのところだった(笑)。

ニラジ:嬉しいな(笑)。でも192でのレコーディングは本当に大変でしたね。当時はまだ対応する機材がスタジオになかったし、マシンのCPUも足りない状態だった。オファーを受けたはいいけど「さてどうしよう?」みたいな(笑)。安定する機材を探し回り、事前にテストを何度も繰り返してから本番に挑んだんです。

ミト:ほんと、2年くらい前の話なんだけど、当時は192で録ってミックスするのは画期的だった。

ニラジ:トラック数も限られてしまうし、ディレイやリバーブなど普段DAWソフトの中で使えるプラグインも少なかった。

ミト:なのに、私が持っていったセッション・ファイルが100トラックくらいあったんだよね(笑)。メインボーカルとコーラスだけで52トラックとかだった気がする。

ーーそれはすごい(笑)。

ニラジ:とにかくチャレンジングなプロジェクトで。僕にとってはアニソンも未知の分野だったし大変だったんですけど、ミトさんとの作業が楽しくて仕方なかった。

ミト:ニラジはチャレンジングなプロジェクトを絶対に楽しんでくれると思ったんだよね。「あ、この人は考えてること一緒だな」と。そういう空気ってちゃんと音源にも入る。実際、完成した「Harvest Moon Night」は本当に音が良くて、アニソンの現場じゃなくてもリファレンスで使ってくれてたりするみたいなんですよね。「これはきっと、クラムボンでやっても面白くなりそうだな」と、そのときに感じました。

ーーそれで『モメント e.p.3』をやることになったんですよね。その時はどうでしたか?

ミト:楽器の追い込み方とかうちらが小淵沢でやっている感じと近いんですよ。普通は時間も限られているし、ある程度「ここ」と決まったら、あとはミックスするときに調整していきましょうってなるんだけど、私もニラジもさらに追い込んじゃうんですよね。「この楽器なら、このくらいの鳴りで、ここにマイクを置いて」みたいなことはあらかた分かるんですけど、さらにその上を行ってくれるというか。「おお、そこまで行くか!」みたいな。

ニラジ:(笑)。

ミト:この時はピアノの音も「生っぽく録る」というよりは、すごくタイトで「パッケージに映えるピアノの音」を目指したんですよね。そのために実は、要所要所でピアノ音源を使っているんです。

楽曲を印象付けるのは「weird」と「違和感」

ーーそれは意外ですね。

ミト:『モメント e.p.』では、バンドのグワッとした熱量をパッケージングするというよりは、ここ昨今のアメリカのポップス的なサウンド、つまり打ち込みのようにタイトでソリッドな音を目指した。そうじゃないと時代の潮流に勝てないと思ったんです。ただでさえ僕ら、「ギターのいないロックバンド」なので(笑)。

ニラジ:僕としても、今までクラムボンが他のエンジニアさんたちと作ってきたものとは、全然違うものを作りたいという気持ちがありました。同じものが作りたければ、わざわざ僕に声をかけないと思うし。なのでさっきミトさんがおっしゃったように、キックの音一つから全然違うサウンドを、限られた時間の中でどこまで追求できるかに挑戦していたんです。

 今、ミトさんが言った「打ち込みのようにタイトでソリッドな音」というのは、僕の表現だと「歪(ひず)み」です。歪みにはいろんな種類があるけど、ドラムだけじゃなくていろんな楽器に対して使っている「歪みの成分」を、どうエキサイトにつなげていくか考えながら、1曲ずつレコーディングとミックスをしていました。

ミト:何か「違和感」を曲の中に残したくて。普通に聴こえるんだけど、分かる人には「ん? なんかヘンだな?」ってなる部分。それがネガティブな感情を引き起こしてはダメなんですけど。英語で言えば「weird」というか。

ニラジ:そうそう、まさにそれですね。それがないと印象に残らない。

ーー違和感とweirdであると。

ニラジ:ちなみに僕がミトさんから話をもらったときにイメージしたクラムボンの音像は「ローエンドがEDM、ミッドレンジがロック、そしてハイエンドがアニソン」というものでした。

ミト:へー、それは面白いね!(笑)

ニラジ:そういうサウンドスケープが僕の頭の中に出来上がっていて、それをやれば絶対に印象に残る面白い音像が作れるだろうなという確信があったんですよね。さっきの歪みの話もそうですし、デジタル的な処理はボトムで施していますし、生楽器はミッドレンジのあたりに大体集まってて、声の成分が上に乗っているという。

ミト:言われてみれば、確かにそうだ。アニメっぽいハイエンドというのは、要するに「キラキラした音」ということだよね。例えば、今僕がものすごく好きでよく聞いているThe 1975の「People」という曲。あれ、パッと聴きはいわゆるロックサウンドに聞こえるけど、めっちゃ定位がおかしい。ギターとか全部ライン録音みたいな音なんですよね。ドラムも生で叩いているように聞こえますけど、間違いなくエディットしてる。それこそメタルのドラムサウンドみたいに。そういう時代なんですよね。世界のポップミュージックは、ロックも含めてドンシャリになっているというか。

ニラジ:今のロックはいわゆる「デジタルロック」なんですよね。ただ、現代のデジタルロックはEDMとの融合によって出来ているところなんです。ローエンドの作り込みがとにかく、90年代のデジロックとは、全然違う。

ミト:例えば大森靖子さんが、スカパラ(東京スカパラダイスオーケストラ)のトリビュート盤で「ちえのわ」をカバーした時、アレンジを現代版ドラムンベースみたいにしたいと僕が思って。そうなると、ロー感をかなり頑張らないといけなくて。結果、そこそこ事故が起こるレベルでローを突っ込んだ。それがまず重要で、ミックスし終わった後に私とニラジで担当ディレクターに「これ、特殊な音像なのでマスタリングの時にびっくりするかもしれないけど、ローを引っ込めたりしないでください」って頼みました(笑)。「このバランスで欲しいです」って、散々言ったよね。

ニラジ:言ったね。

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