渡辺志保の新譜キュレーション
カニエ・ウエスト、Gang Starr、ダベイビー……ヒップホップシーンをさらにかき回すアルバム5選
・Kanye West『Jesus Is King』
・Gang Starr『One Of The Best Yet』
・DaBaby『KIRK』
・Youngboy Never Broke Again『AI YoungBoy 2』
・Guapdad 4000『Dior Deposits』
Kanye West『Jesus Is King』
カニエ・ウエスト、9枚目のオリジナルアルバム『Jesus Is King』はゴスペルをふんだんにフィーチャーしたものに。今年に入ってから「サンデーサービス(日曜礼拝)」と名付けたライブイベントをスタートしたカニエ。インスタレーション、そして宗教色の濃いこのイベントは、主にLAの高級住宅地(そして、カニエらの住まいでもある)のカラバサスで催され、入場できるのは超VIPのみ。ブラッド・ピットやケイティ・ペリー、コートニー・ラブらも参加する一大セレブ名所としても知られるようになったほどのイベントです。今年の4月に行われた『コーチェラ・フェスティバル』では出張版サンデーサービスが行われ、全世界に生中継されたのですが、そこで我々はようやくこの催しが何なのか、そしてカニエが現在目指している音楽世界が何なのかを把握できたのでした(現在では、全米各地で催されることもあり、中には一般にチケットが開放されている公演もある)。今作では、下品な言葉を一切使わず、自らのピュアな信仰心を音楽というギフトにして我々に届けてくれたカニエ。しかしながら、かつて『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』や『Yeezus』で示したようなエクスペリメンタルなサウンドや構成、『The Life Of Pablo』に顕著だった自身のイズムと宗教性とのケミストリー、そして初期のカニエ作品のようなサンプリングサウンドなど、これまでの彼の作品と大きく乖離しているわけではありません。ただ、そこには紛れもない主題として『Jesus Is King(イエス様こそが王)』という観念が存在するのです。
常に常識を覆すような言動と作品を世に送り出してきたカニエですが、特にここ数年はトランプ大統領に対する強い憧憬の念や、自身が抱える精神的疾患、そして、著しく宗教的な方向へ舵を切るそのスタイルなど、彼を巡ってはさらに多くの意見が飛び交っていました。ただ、本作は難なくビルボードの“総合アルバムチャート”首位を獲得し、同時にビルボードの“クリスチャンアルバム”、そして“ゴスペルアルバム”部門でも1位に輝いたのです。さらには“R&B/ヒップホップアルバム”、そして“ラップアルバム”部門でも同じく1位を制しているため、ビルボード史上初、ジャンルをまたいで計5部門でトップを勝ち取ったアルバムに認定されており、いささか逆風めいたとも言える状況下においても、こうして数字でキッチリ結果を残しているカニエには本当に脱帽するばかり。ちなみに米ヒップホップサイトの『DJBooth』は本作を「ブランケットのような包容力を持ったアルバム」と評していました。ある意味、カニエにとってもっとも実験的なアルバムであると同時に、攻撃的な歌詞はほぼ一切なく、カニエによる愛と導き(ガイダンス)に溢れた内容の作品です。それにしても、いつかサンデーサービスに行ってみたいものですね。
Gang Starr『One Of The Best Yet』
DJプレミアとMCのグールーによる泣く子も黙るヒップホップデュオのGang Starrが、まさかの新作アルバム『One Of The Best Yet』を発表しました。2010年に癌を患いこの世を去ったグールー。2003年に、これまで事実上のラストアルバムとなっていた『The Ownerz』がリリースされてから実に16年ぶりとなる新作です。一部のリスナーにはよく知られた話ですが、『The Ownerz』発表後のプレミアとグールーは決して良好な関係であるとは言えない状況下にありました。グールーはプレミアと距離を置き始め、新たに出会ったDJソラーという人物とともに新たなレーベル<7 Grand>を設立して自身のキャリアを再スタートさせ、病に倒れてからもDJソラーがグールーの代理人的立場に立ち、プレミアには入院中の面会謝絶を要求したとも言われてきました。そしてグールーの死後、ソラーとグールーの遺族との間で、グールーの遺作を巡って約10年にわたる裁判が行われていたとのことです。結局、ソラーが遺作の権利を破棄し、遺族らに対して17万ドルの払い戻しを求める判決が下されたとのこと。プレミアは、未完成のバースやフックなど含め、約30曲分のグールーのボーカルデータを手にし、今回のアルバム制作に着手したそう。ただ、この裁判沙汰はまだ続いており、『One Of The Best Yet』に使用されているグールーのボーカルは、ソラーが共作したものも含まれるとして、アルバムへのクレジットなどを求めているそう。
こうしたイザコザが背景にあるものの、実際に完成したアルバムはすべてのGang Starrファンを納得させる出来に仕上がっているのではないでしょうか。プレミア自身、『New York Times』のインタビューで「Gang Starrらしいアルバムに仕上がったし、グールーも気に入ってくれるものになった」と答えていました。アルバム完成までに18カ月を要したそうですが、「アルバムを完成させてしまうのが惜しいほど」と語るほどに没頭し、様々な感情を抱きつつ仕上げたそうです。リードシングル「Family and Loyalty」にフィーチャーされたのは、現シーンきってのリリシストとして知られるJ.コール。世代を跨いだグールーとコールのバースの掛け合いはたまりません。全体的に今の(正確には、グールーが生前にレコーディングした時期の、ということですが)ヒップホップシーンを憂うリリックが多いように思うのですが、そのラップにぴったりとスティックするように設えたプレミアのビートはどれも秀逸。M.O.P.やジェルー・ザ・ダマジャ、Group Homeにビッグ・シャグ、フレディ・フォックスら、往年のGangstarrとの親交の深さを感じさせるゲスト陣も流石のセレクト。ぜひ爆音で聴いてください。