八王子Pが語る、ボカロPとしての信念「やっぱりミクが歌って一番と言えるものにしたい」

八王子P、ボカロPとしての信念

 2009年、ニコニコ動画にアップした楽曲「エレクトリック・ラブ feat. 初音ミク」でボカロPとしてのデビューを飾った八王子Pが、活動10年目の記念ミニアルバム『GRAPHIX』をリリースした。同作には、親交の深いクリエイター・ゆよゆっぺ、Gigaとそれぞれコラボレーションした楽曲や、KUMONOSUでユニット活動をともにするHANAE、八王子P作品で多くの作詞を手がけてきたq*Leftが作詞に参加。DJとしても活動する八王子Pならではの、クラブミュージックを基調としたフロアライクな全8曲が、いきいきとそれぞれの色を放つような鮮やかなアルバムが完成した。

 今回のインタビューでは、『GRAPHIX』に関する話はもちろん、八王子PのボカロPとしての歩み、ボカロでの楽曲制作の魅力などたっぷりと語ってもらった。(編集部)【最後にプレゼント情報あり】

自分はまず「ボカロをやっている人」という軸が欲しかった

ーー八王子Pさんはどのようなきっかけで、自分で音楽を作るようになったのですか?

八王子P:僕はもともと音楽経験があったわけではなくて、子供の頃も特別音楽が好きというわけではなかったんですけど、高校時代にたまたま音楽好きの友達ができて、それをきっかけにいろいろ聴くようになったんです。最初はいわゆるロキノン系ばかり聴いてたんですけど、その流れでダンスミュージックの存在を知って、テクノとかが好きになって。でも周りにいたのは全員バンドマンだったんです。しかも彼らからよくバンド活動の愚痴を聞いていたから、誰かと音楽をやるのは大変そうだなあと思って(笑)。DTMならひとりで音楽を作れるし、という感覚で始めました。それが大学の頃で、2007年ぐらいでしたね。

ーーちょうどパソコンで気軽に音楽が作れるようになった時代ですね。

八王子P:そうですね。当時は中田ヤスタカさんが台頭してきた頃で、サンレコ(『サウンド&レコーディング・マガジン』)でも「パソコン一台でこの曲が作れる!」みたいな記事が出始めた時期だったので、僕もパソコン一台でやってきました。

ーーその頃はどんな音楽が好きだったのですか?

八王子P:いろいろ聴いてましたけど、当時はとにかくキャッチーなものが好きで、ユーロビートトランスが全盛期だったこともあって、かなりチャラめな音楽を聴いてましたね。今でこそミニマルテクノとかメロディが全く入ってないダンスミュージックが大好きなんですけど、その頃はそういうストイックなものは好みではなかったんです。ボーカルが入っているトラックが大好きで。あとはCAPSULEとか、中田さんプロデュースのPerfumeにも衝撃を受けました。当時はエレクトロが特に好きでした。

ーーあの頃はエド・バンガーやキツネといったレーベルの人気が全盛期で、フレンチエレクトロの熱もすごかったですね。

八王子P:僕も大好きでした。あの分厚いベースが衝撃で。僕は小さい頃から音楽を聴いてたバックボーンがあったわけではなかったので、当時は聴く音楽が全部新鮮でした。ただ、今振り返って良かったのは、僕はどキャッチーなものをきっかけに音楽が好きになったから、歌ものの曲を書けたんだと思うんです。ダンスミュージックを入り口に音楽を聴き始めたクリエイターの中には、メロディが書けないという人が結構いるんですよ。

ーーなるほど。そこからボーカロイドを使った楽曲制作に取り組むようになったのは?

八王子P:最初はインストのダンスミュージックばかりを作ってたんですけど、だんだん歌ものを作りたくなって。とはいえ気軽に歌を頼める知り合いがいなかったので、ボカロを使おうと思ったのがきっかけです。その頃は普通にニコニコ動画の視聴者としてボカロを楽しんでたんですけど、そこでkz(livetune)さんやryo(supercell)さんのことを知って、「アマチュアでこんなにすごい曲を作る人がいるんだ!」と衝撃を受けて。でも、明らかに自分の技量が足りていなかったので、いつか納得できるものができたらアップしようと思っていたんです。それが2009年の「エレクトリック・ラブ」で。

ーーその初めてアップしたボカロ曲で一気に注目を集めたわけですが、当時はどんな感覚でしたか?

八王子P:もちろんすごくうれしかったんですけど、同時にちょっと寂しさも感じましたね。その頃はmuzieやMyspaceでも自分の作った音楽を発信してたんですけど、そこでは1,000再生とかでもめっちゃ喜んでたんですよ。それが(「エレクトリック・ラブ」は)1週間足らずで10万再生を達成してしまって……もちろんほとんどはうれしい気持ちなんですけど、「今までの苦労は何だったんだろう?」という感覚もあって(笑)。別に「エレクトリック・ラブ」も「この曲にかけてやる!」とか思ってたわけではなくて、とりあえずボカロを1年間続けてみようと思ってあげた最初の1曲だったので。周りの評価に対して自分が追い付いていない不思議な感覚でしたね。

ーーそのように一発目からブレイクしてしまうと、「次はどうしよう?」という戸惑いもあったのでは?

八王子P:僕はできることなら音楽で食べていきたいという思いを持っていたんですけど、「エレクトリック・ラブ」をきっかけにちょいちょいお仕事の話をいただけるようになったんです。で、そのときの僕はちょうど就活のタイミングで、さらに言うとリーマンショックが起きた年だったので、友達がみんな就職できないような状況だったんです。なので、これは逆にチャンスだと思って、自分の中で1年間というルールを設けて、その間に音楽の仕事だけでどんなボロアパートでもいいからひとり暮らしできるようなところまでいけたら、そのまま音楽を続けようと思って。そこから自分のできることをひたすらやって、軌道に乗せることができ、今に至る感じですね。

ーープロとしてやっていくことを決意したことによって、それまでとは活動に対する向き合い方も変わったのではないでしょうか。

八王子P:変わりましたね。もちろん技術面の向上は当たり前のことで、なんなら自分よりも才能のある人はたくさんいるので、音楽を作る以外の部分で大事なことも考えるようにもなりました。再生数を伸ばすためにはどうすればいいかだとか、戦略的な部分やブランディングのことだとかをシビアに考えて。ボカロが出始めた時代というのはセルフプロデュースが大事になった時代でもあって、自分で全部発信できるからこそ、すべて自分で考えていかなくてはいけないところがあると思うんです。なので自分を客観視して「自分はこういうものを求められているのかな」ということを意識したり。僕は幸い、そういう戦略を考えながら活動するのが好きなタイプだったので、そこは単純に良かったなと思います。中には純粋に音楽を作ることに集中したい人もいますし、それは向き不向きの話だと思うので。

ーーそういった戦略的な取り組みの中でとりわけ手応えのあったものは?

八王子P:自分で言うのは恥ずかしいんですけど(笑)、僕は普通に顔出ししてて、なおかつDJができるというところが、他のボカロPにはあまりない強みだったのかなと。もちろんkzさんはいましたけど、ちゃんとしたDJができるボカロPというのは、両手で数え切れるぐらいしかいなかったんです。それに当時は顔出ししているボカロPが今よりもっと少なかったので、僕は逆に出していこうと。隙間じゃないですけど、誰もやっていないことはチャンスだと思ったんです。

ーーたしかにボカロカルチャーの中心にいながら、本格的なDJやクラブミュージックを志向するクリエイターという意味では、八王子Pさんは特殊な立ち位置にいたような気がします。

八王子P:ダンスミュージックをメインでやっている時点でそうなんですけど、自分の活動はメインストリームではないと思うんです。ボカロ曲は時代によってトレンドがありますけど、自分は一貫してダンスミュージックやDJを軸にやってきたし、逆に言うとそれは常に一定の需要があるんですね。そのことを前提に置きながら、自分がやりたいことや得意なこととカルチャー全体を見たときに、「ボカロPのDJと言えばこの人!」みたいな、ある特定の部分で一番になろうということを意識してやっていました。

ーー八王子Pさんは2012年にアルバム『electric love』でメジャーデビューして以降、ほぼ1年に一枚のペースでメジャーレーベルからボカロ作品をリリースされています。ボカロP出身のアーティストがたくさん活躍するなかで、意外とそういう方は珍しいですよね。

八王子P:そうですね。ボカロPには活動当初は学生だったけど就職して離れた人もいるし、逆に音楽は続けているけどボカロシーンから離れていった人や、作家やバンド活動を始めて距離を置く人も多いので。自分も他のアーティストの方に楽曲提供をさせていただいていますけど、やっぱり自分が知られるようになったきっかけはボカロだし、軸はボカロにあるので、そこはコンスタントに続けていこうと思っていて。あとはちゃんと居場所を持っておきたかったんです。いろんな活動をして「結局この人は何の人?」という見え方をするよりも、自分はまず「ボカロをやっている人」という軸が欲しかった。

ーー八王子Pさんは楽曲提供やHANAEさんとの音楽ユニットであるKUMONOSUなどを通じて、ボーカリストが歌う楽曲も作られていますが、ボカロでの楽曲制作ならではの魅力と言うと?

八王子P:僕は人間にできないことができるというのが、ボカロの魅力だと思っています。キーやブレスを無視しても関係ないし、人間には歌えないメロディを書くこともできる。ボカロPの中には(初音)ミクをいかに人間に近づけて歌わせるかを美学にしてる人もいますけど、僕は「それなら人間が歌ったほうがよくない?」という思いがあって(笑)。やっぱりミクが歌って一番と言えるものにしたいんです。

ーーちなみに、ご自身のこの10年のキャリアの中で転機になった出来事を挙げるとしたら?

八王子P:いくつかありますけど、わかむらさん(わかむらP/八王子Pの楽曲のMVを多数手がけるアートディレクター)との出会いは大きかったです。わかむらさんとは最初、僕がお願いして映像を作ってもらったわけではなくて、僕の曲を使って自主的に作ってくれたのが出会いのきっかけなんです。僕は僕でわかむらさんの作品をそれ以前から観ていて。今作のイラストを描いてくれているTNSKさんともそういう出会い方ですし、ニコニコ動画がきっかけで、昔から好きだった音楽畑以外の人とも繋がれたところがあって。そのことで自分の作品の幅も広がりました。

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