悠木碧、堀江由衣……“声優として歌を唄う”強みを生かした2作品に注目

堀江由衣『文学少女の歌集』

悠木碧『ボイスサンプル』(通常盤)

「声優さんは、声がおきれいな方や、普段からかわいい声の方が多いのですが、私の声は普通すぎて。ちょっとそれがコンプレックスだったりもします」

 以前、彼女はとあるインタビューでそう答えたことがある。美貌も声色にも衰えが一切見られない“永遠の17歳”である堀江由衣がそのようなこと言うとは、ファンからしたら驚きだろう。

 1998年のデビュー以後、おそらく主演/助演を務めていない時期を見つけるのが難しいほどに、彼女は数多くの作品でヒロインを演じてきた。息長くアニメシーンの最前線で演技しつづける彼女は、2000年代の声優アイドルの中心を担っていた名演技者の一人。実際に、渡辺麻友や清竜人など彼女のファンを自認する著名人も数多い。

 そんな彼女は、2010年代に入ってグッとリリースペースを抑えつつも、アルバムとしては3作品をリリースした。『秘密』(2012年)、『ワールドエンドの庭』(2015年)、そして新作『文学少女の歌集』は、堀江由衣が描いたイメージを元にコンセプトを決めた作品になっている。『文学少女の歌集』でいえば、アルバムジャケットから察するように、ズバリ「夏」「少女」「特別のようなささやかな日常感」である。

堀江由衣「Sunflower」Trailer
堀江由衣「単線パレード」Trailer

 堀江が長年に渡って愛されてきたのは、透明感のある声色が最大の理由だろう。ウィスパーボイスでもなく、甲高いキャラボイスでもない彼女独特の張りのある声色は、多くのファンとアニメスタッフを魅了してきた。日本のロックシンガーで例えるならば、スピッツの草野マサムネのようなエバーグリーンな感覚をリスナーにもたらす、無二の声色だ。本作にはコンセプトとは結びつきにくいシングル曲も収録されているものの、全体を通して統一感があるのは彼女の歌声による影響が大きいのだろう。

 また本作は、これまで同様にバンドサウンドを軸にしたポップソングが大半を占めている。だがその端々でエレクトロやEDMからヒントを得たと思われる部分も感じられ、それらは本作のカラーを決定づける重要な役割を果たしている。

 ドロップ&ビルドやリバーブ系エフェクトによって生まれる奥行きのある音世界と残響は、堀江のエバーグリーンな歌声をより煌びやかに引きたて、まるで「特別な一瞬」を切り取ったかのような感覚をもたらしているのだ。

堀江由衣「アシンメトリー」Music Video

 振り返ってみれば、堀江は創作者としての一面も見せてきた。友人の声優らとユニット・Aice⁵を結成したり、オリジナルキャラクター「ミス・モノクローム」のキャラクター原案と声優を自ら務めたほか、これまで開催されてきた数少ないソロライブでは演劇パートをいれている。それらの活動は、彼女自身がやりたいことであり「“堀江由衣”を通してファンに楽しい時間を過ごしてもらいたい」というささやかな幸せのためでもあろう。また、その“ささやかさ”は今作のコンセプトにも呼応しているのではないだろうか。

 もしかすれば今作は、無意識のうちに「堀江由衣らしさを描こうとした」作品なのではないか、そんなような読み解きすらできそうな1枚であろう。

 悠木碧と堀江由衣は「声優としてどう歌を唄うべきか?」という問いに答えた数少ない声優だろう。両者は、声優としてまたは創作者として、別々の道筋を歩みつつも確かなる足跡を残しつつある。今後彼らがどのような作品を、音楽に限らず残していくかは声優ファンとして見届けていきたいところである。

■草野虹
福島、いわき、ロックの育ち。『Belong Media』『MEETIA』や音楽ブログなど、様々な音楽サイトに書き手/投稿者として参加、現在はインディーミュージックサイトのindiegrabにインタビュアーとして参画中。
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