「音楽のプロフェッショナルに聞く」特別編

姫乃たまが南波一海に語る、“地下アイドル人生”と卒業後の活動「試行錯誤しながら成長していく」

“地下アイドル卒業”決意に至るまで

ーー少し話が前後しますが、町あかりさんがプロデュースした姫乃さんの前作『もしもし、今日はどうだった』(2017年8月)を出したあと、作る時は人を癒やしたいという気持ちがあったけど、それは驕りだったというようなことを言っていて。改めて振り返ると、あの時はどうして癒やしに向かったのでしょうか。

姫乃:地下アイドル以前は肩身狭く生きてきたので、自分が地下アイドルをやることでファンの居場所をつくって幸せになってほしいと思ったんですよね。ずっとファンに恵まれてきたこともあって。ただここ数年は関係が難しいですねえ。概ね良好なんですけど、難しいことが出てきました。

ーーよく言っていますよね。ファンの“ガチ恋”で悩んだのと、このアルバムは時期的にはズレているんですか?

姫乃:えーっと、アルバムリリース後に初めてガチ恋関係のトラブルが起きたんだと思います。その前に小金井市の刺傷事件があって、報道のラッシュで精神的にもやられていて、自分のやっている仕事が怖い仕事だって初めて気づいたんです。幸せ者なので、それまではそう思ったことが一切なかったんです。今まではアキバ系のコアなアイドルカルチャーの中にいたから、ファンの中にも線引きがあったのかもしれないですけど、そこから外れていくことで、徐々にアイドルとファンの境目を見失っていくファンがでてきたんだと思います。

ーーそれで“ガチ恋”の人とのトラブルがあって。

姫乃:これは本当に仕事辞めなきゃいけないなっていうところまで来て。新規の仕事は全部断って、もう決まっているイベントも出られないかもってところまで追い詰められた日が、ロマン優光さんの出版イベントだったんです。「なんかあったらオレが殴ってやる」って言ってくれて、この人だったら本当に殴ってくれるなと思って(笑)、休まずに済んだんですよ。

ーーロマンさんのお陰で休業を回避(笑)。

姫乃:ロマンさん、ありがとう。覚えてないと思うけど……。それでもしばらくは怖かったし、好意と癒しを与え合う自分の仕事に罪悪感を覚えたりもしたんですけど、やっぱりそれは純粋に応援してくれてるほかのファンに失礼だと思って、「もしもし、今日はどうだった」と一緒に“癒やし”をがっつり提示していく覚悟を決めたんです。それからしばらくはよかったんですけど、やっぱり「あ、これダメだ」と思う出来事があって。

ーーそれが“女ヲタヲタ”の話。

姫乃:そうですね。彼氏がいるって公言しているファンの女の子に対して恋愛的なアプローチをして、結果的にトラブルを起こしてしまうという。衝撃だったのが、そういうことをする人ほど、熱心なファンだったことです。癒やしを与えていたのはいいけど、ぬるま湯みたいなところにいさせてしまったことにやっと気づいたんです。地下アイドルとファンだから良好な関係を築けていたけど、線引きしなくていい女の子相手だと、こんなコミュニケーションの取り方をしてしまうのかと衝撃でした。私自身も人として成長したかったし、ファンについてもこれはいかんなと思ったのが地下アイドルを辞める1つの理由でもあります。

ーー夢眠ねむさんがクソリプを送る暇があったら恋愛してほしいと言っていて。まともに恋愛をすれば、普通の女の子にしていいこととダメなことがわかる、と。

姫乃:いやー、彼らはプロのアイドルファンなので、アイドルに対する態度は100点満点なんですよ。ほんと。私も「アイドルファンは恋人に最適!」とかメディアで言いまくってて。でも、そういう人ほど実際に恋愛していい現場のファン同士になるとポンコツになることがわかったので、地下アイドルを辞めて垣根を解除したら、今後は人間同士として接するぞっていう気持ちがあります(笑)。16歳から地下アイドルとして生きてきたので、もはや恋愛禁止のアイドルより、現実世界の人間関係のほうがずっと厳しいですね。

ーーなるほど。今はそのことで悩んだりはしていない?

姫乃:今は……まあそんな感じなので前より期待感がない分悩んではいないです。この間、ふちりんさんっていう、石川梨華さんにずっとガチ恋している人にイベントのゲストに来てもらったんですよ。その場にいるファンの人にも登壇してもらって、ガチ恋エピソードでイベントはすっごい盛り上がったんですけど……。

ーー姫乃さんはガチ恋の気持ちが理解できなかった。

姫乃:私はもともとアイドルヲタクの素質がないんですよね……。みんなはめちゃくちゃグルーヴしてるんですよ。でも逆にそこからは楽になれたかもしれません。前は私が応援してもらってる分ファン全員を守らなきゃっていう意識があったんですけど、今は大人同士ですから自己責任で……みたいな気持ちです。

ーーただ、自己責任とは言っても危険はゼロではないわけで。

姫乃:今までは「地下アイドルになりたい」っていう子がいたら「なったらいいよ!」とか無邪気に言ってたんですけど、最近はそこまで明るく言えないですね。向き不向きあると思います。

ーーなにか事件があるとメディアに電話取材されたりするじゃないですか。「やっぱりアイドルは危険もありますよね?」みたいな前提で質問されたりすると、うんざりしながら「そんなことはないですよ」と否定したくなるけれど。

姫乃:そう、可能性はゼロじゃないんですよね。でもそれをメディアに言っちゃうと、そこだけ切り取って報道されるから問題なんですけど。基本的には平和じゃないですか。私もそういう被害には遭っていないほうで、今日の話も活動の本当にほんの一部の出来事なので。

ーーこれからもちゃんと活動を続けるために、4月いっぱいで地下アイドル卒業することになると。

姫乃:はい。ちょうど10年ということもあって。キリが良過ぎますよね。2019年4月30日が10周年の日……。

ーー平成とともに姫乃さんのアイドル時代も終わる。ただ、常々言っていますけど、今後も活動はしていくわけで、活動内容が劇的に変わるわけではないんですよね。

姫乃:そうですね。地下アイドル代表みたいにメディアで取り上げられるのがキツかったので、それは辞めます。昔話ならいいんですけど、昔話してもしょうがないので……。最初は地下アイドルのルポを書いて仕事をもらえるようになって、地下アイドルも文章も好きだから嬉しく思っていたんですけど、文章を書けば書くほど、地下アイドルのことを思っているはずなのに業界からどんどん弾かれていく感覚があって。当初はそれに傷ついていたんです。しかもそのあとに“地下アイドル残酷物語”みたいなのがマスメディアで流行ったじゃないですか。もしかしたら私のルポのせいもあるのかなとちょっと思っていて。そのあとに小金井の事件があったから、業界のイメージをよくできるならと思ってできる限り取材に対応したけど、仕事的にはその後もどんどん業界から遠ざかっていったんですよ。そんな私が表立って出ているのをよく思っていない人もたくさんいるだろうなと思って。それも卒業する理由としては大きいです。私が卒業発表してから、低賃金問題とか運営のパワハラ問題とかもあったじゃないですか。

ーー地下アイドルの搾取問題ですね。

姫乃:私はフリーランスなので運営もいないし、むしろ自分が仕事を発注する人に対してパワハラしないように注意しないといけない立場なので、いよいよわからない、コメントできない問題が出てきたな、と。だから時期的にはちょうどよかったと思ってます。

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