yonige、最新曲「リボルバー」に漂う“切なさ”と“解放” 牛丸ありさの歌詞が持つ共感性を分析

yonige、最新曲「リボルバー」に漂う“切なさ”と“解放” 牛丸ありさの歌詞が持つ共感性を分析

 yonigeが6月29日に新曲「リボルバー」のMVを公開した。au“三太郎シリーズ”「笑おう」篇のTVCMソングとして起用され大きな話題となった「笑おう」以来の新曲として注目される同曲は、装飾を削ぎ落としたストレートなバンドサウンド、切なさと解放感を同時に感じさせてくれるメロディがひとつになった(つまりyonigeの“らしさ”をさらにアップデートさせた)ミディアムチューン。〈永遠みたいな面した後 ふたりは別々の夢を見る〉というフレーズに象徴される、どうしようもないやるせなさをたっぷりと含んだ楽曲だ。作詞・作曲はメインソングライターである牛丸ありさ(Vo/Gt)。生々しいリアリティと普遍的な感情を共存させた彼女の歌詞は、ここにきてさらに深みを増している。「リボルバー」を聴けば、誰もがそう感じることだろう。

yonige「リボルバー」official music video

 牛丸ありさが描く歌詞の世界がyonigeの大きな魅力であることに異論の余地はないだろう。“彼氏とケンカしたときにアボカドを投げつけた”という状況を描いた出世作「アボカド」、〈なんにもないなんにもないなんにもない〉というリフレインから始まり、〈君がいない日々は/牢屋のがましかもな〉というラインに結びつく「さよならプリズナー」、そして、“終わってしまった恋愛に対する後悔をシスターに懺悔する”という設定の「センチメンタルシスター」。もちろん楽曲によって表現の方法は異なるが、共通しているのは、息使いや匂いが感じられるほどの現実感と、それを俯瞰しているような客観性が同時に存在していること。これらの楽曲で歌われていることが実体験に基づいているのかはわからないが(個人的に“事実かどうか”にはまったく興味がない)、生々しいリアリティに則しながらも、その状況に埋没したり、自己憐憫に陥ることなく、どこかクールな視点ーー諦念と言ってもいいかもしれないーーが感じられるところに強く惹かれるのだ。そして新曲「リボルバー」において、ソングライターとしての彼女の個性はさらに強さを増している。

 「リボルバー」の主人公は〈君に会わなくたってどっかで息しているなら/それでいいななんて思って煙を吐いている〉と自分に言い聞かせながらも、諦めと後悔の間で揺れ続けている。ここで描かれているのは“深い絶望”や“会いたくてしょうがない”という強い気持ちではなく、言うなれば“ぼんやりしてカタチのない不安定な気持ち”というものだが、それは我々が日常的に抱えている感情と限りなく近い。

 一般的に歌詞のなかで描かれる感情はどうしても激しくなりがちだが(以前、ある作詞家に取材したときに彼は「いまのJ-POPを聴いていると“そんなに強い感情を持ったことがある人なんていないよ”と思うことが多い」と言っていたが、そのコメントに全面的に賛成だ)、牛丸ありさが歌のなかで映し出す感情は、決して大げさになることがない。自分自身が経験した思いを無理矢理に増幅させるのではなく、日常的な言葉に置き抱えることで、幅広いリスナーに「この感じ、わかる」と自然に実感させるのだ。そのスタンスを端的に象徴しているのが「リボルバー」における〈悲しいことは名前をつけよう〉という歌詞。それは“自分の思いをありのまま書く”ということではなくて、優れて洗練された作詞のセンスによって担保されているのだと思う。まるで短編小説のようなストーリー性を持ったクリープハイプ(尾崎世界観)、その瞬間、その場所で生まれる刹那的な感情を叩きつけるMy Hair is Bad(椎木知仁)、歌詞が魅力的なバンドは他にもあるが、yonigeの歌詞はどのバンドとも似ていない。

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