荏開津広『東京/ブロンクス/HIPHOP』第11回

荏開津広『東京/ブロンクス/HIPHOP』第11回:ディスコで交錯したソウルとロックンロール

 日本がアメリカンスタイルを救ったという筋書きだけ聞くと、フィリップ・K・ディックのSF小説と混同しそうなデーヴィッド・マークスの文化史『AMETORA(アメトラ)日本がアメリカンスタイルを救った物語』で、ジョニー大倉がグラムロックのグループ・Roxy Musicにヒントを得て50sのロックンロール・スタイルを取り入れたことが、音楽とファッションのシーンとを、そして最終的には多くの“ブルーカラーの仕事をしているやる気のない若者”を結びつけたという。

 イラストレーターの小林泰彦は『アメトラ』で「マンボの時でもアロハシャツとリーゼントのころでもそうだけど」大学生は「そういうのは見下していた」と回顧している。

 太平洋戦争敗戦後の1950年代、深沢七郎の短編『東京のプリンスたち』(1959年)に描かれた「そういうの」、つまり「ブルーカラーのやる気のない若者」はファッションをもってダンス・ミュージックが鳴り響く時間と空間を神聖視し、そこを司るエルヴィス・プレスリーを例外的に崇拝していた。

「私あ「通」なんかじゃなくってよ 理解なんか出来やしない ただそう 私あ誰よりもババップがDIG出来るわ ある時 私にそれが何より必要だと感じることがあるのよ」(石原慎太郎『ファンキー・ジャンプ』1959年)

 同じく1950年代の終わりに発表された、石原慎太郎としては珍しくポップ音楽を主題とした『ファンキー・ジャンプ』は、なによりもジャズのリズムを短編小説の裡に甦らせた傑作だが、ミュージシャンは音楽の魔術の前に自らを危めていくしかない。それ以前の石原慎太郎の一連の小説においては形而上的寓話ともいえない調子で富裕層の青春が描かれており、そのうちのひとつ『完全な遊戯』では直接の因果は述べられないまま、富裕層の子弟たちは障害のある少女を繰り返し輪姦しなぶり殺すーーここでの社会階級の断絶にルソーのいう道徳や思いやる心の入り込む隙間はない。芥川賞を獲得した『太陽の季節』を含むこの一連の小説群は問題視されながらも、現在に至るまで強く肯定的な評価を得ている。

 1970年代には「そういうの」は、改造バイクに乗って暴走行為を繰り返す層とある程度重なっていた。江守は自身も父親からそう思われていたことを思い出し、複雑な感情を持ちながら彼の周囲の人間から社会で大きな問題になっていたこの幅広いグループ一般までを“不良”と呼ぶーー「ディスコやダンスに関わっていることが、社会からは不良のように扱われていた頃でもある」(『黒く踊れ!』より)というのだ。

 1970年代にジェームス・ブラウンをプレイしていたバー「怪人二十面相」から始め、自身のファッションブランド「クリームソーダ」を立ちあげ大成功させた原宿「ピンクドラゴン」の山崎眞行は、ファッションでキャロルやクールスが音楽を通して行っていたことを実践したといえる。彼は「労働者階級のティーンというものいわぬ大衆が、自分たちのアウトサイダー的な地位を誇りに思えるようにしてやりたいと願っていた」(『アメトラ』)。

 山崎は1950年代の自分が夢中になっていたスタイルを保存し解凍し、1970年代半ばにはカラフルな花束のように甦らせた。彼の再創造したスタイルに、映画『ワイルド・スタイル』に出演したラッパー、DJ、ブレイクダンサーは1983年の原宿の歩行者天国で遭遇したのだ。マークスは山崎のファッションスタイルが明らかにする重要な点をファンの声を借りながらこう解釈するーー「社会全体がコピーだというのに、なぜ文化面のコピーだけに目くじらをたてるのか」。そして、山崎を「おそらく20世紀でもっとも重要なファッション起業家のひとり」と結論づける。

■荏開津広
執筆/DJ/京都精華大学、立教大学非常勤講師。ポンピドゥー・センター発の映像祭オールピスト京都プログラム・ディレクター。90年代初頭より東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、ZOO、MIX、YELLOW、INKSTICKなどでレジデントDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域において国内外で活動。共訳書に『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)。

『東京/ブロンクス/HIPHOP』連載

第1回:ロックの終わりとラップの始まり
第2回:Bボーイとポスト・パンクの接点
第3回:YMOとアフリカ・バンバータの共振
第4回:NYと東京、ストリートカルチャーの共通点
第5回:“踊り場”がダンス・ミュージックに与えた影響
第6回:はっぴいえんど、闘争から辿るヒップホップ史
第7回:M・マクラーレンを魅了した、“スペクタクル社会”という概念
第8回:カルチャーの“空間”からヒップホップの”現場”へ
第9回:ラップ以前にあったポエトリーリーディングの歴史
第10回:ディスコが音楽を変容させた時代

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