Nulbarichのライブに感じた“バンドであること”へのこだわり ワンマンツアー東京公演レポ

Nulbarichのライブに感じた“バンドであること”へのこだわり ワンマンツアー東京公演レポ

 「続き、歌いたくないなぁ……」

 この日、ある曲の途中、JQはそう口にした。それは、歌ってしまえば曲が終わってしまう、音楽が鳴りやんでしまう……そんな思いから発せられた言葉だった。彼にとって音楽とは、それほど特別なものなのだ。

 3月16日、新木場STUDIO COASTにて、Nulbarichの2ndアルバム『H.O.T』のリリースツアー『Nulbarich ONE MAN TOUR 2018 “ain’t on the map yet”』東京公演1日目が開催された。このワンマンツアー、当初予定されていた6会場7公演がソールドアウトしたことを受け、4月にはZepp Diver City Tokyoでの追加公演も決定している。Nulbarichは、2016年に活動を開始したばかりバンドだ。いわば“新人バンド”が到達するにしてはあまりに大きな場所に、とんでもない速さで、彼らは辿り着いている。

 ステージに上がったメンバーはボーカルのJQに加え、ギター二人、キーボード二人、ベース二人、そしてドラムの計8人編成。ステージに上がるメンバーの編成が流動的であるという点は、JQ以外のメンバーのプロフィールやビジュアルが公開されないという点とともに、デビュー以降のNulbarichを「謎のバンド」足らしめてきた特色のひとつ。だが、どうやらこの“8人編成”が、現時点でのNulbarichの完全体のようだ。

 ツアーが途中なのでセットリストについて詳しく書くことはできないのだが、最新曲と過去曲が合わさることで、よりドープに、アルバム『H.O.T』で描かれた世界観が展開されたステージだった。ドラム以外のそれぞれの楽器に二人ずつ配するという布陣は一見過剰だが、ひとりのベーシストは、曲によって、あるいは曲間でもエレキベースとウッドベースを入れ替え、もうひとりのベーシストも、ベースとシンセを立ち代わり演奏するなど、目指すべきサウンドに向けて、それぞれがそれぞれの役割を果たし、プレイヤーとしての自我をも発散させながら、“楽曲”というひとつの到達すべきビジョンに向かっていく。Nulbarichに対して「洗練されたポップスを鳴らす人たち」という印象を持つ人も多くいるかもしれないし、それは間違いないのだが、ライブを観れば、そこにある熱量の高さや、エモーションの強さ、そして彼らのなかに根強く存在する生々しく荒々しい“バンド感”のようなものを、ヒシヒシと感じることができる。

 Nulbarichのバンド活動の在り方は、とても特殊だ。JQ以外のメンバーはメディアにも出ず、詳細も明かされず、ときには全員がステージに上がらない。このスタンスは「バンド」というよりも「分業制のポップス」と言った方がいいのでは? と思われてしまうかもしれないが、JQは「バンドである」という点に、強いこだわりを持っている。そして実際のところ、これはライブでのステージングを見ればわかるのだが、彼ら8人の間にはかなり強い絆――お互いがお互いの背中をあずけ合うような信頼感、とでも言おうか――がある。

 Nulbarichは、初めからメンバーが決まっていたバンドではなく、活動をしていくなかで、徐々にメンバーを固定していったバンドだ。そのためか、作品やステージの完成度を優先する“音楽至上主義”的なスタンスはあくまで前提としながらも、ひとつの目的のために集まった者同士、その後に生まれた精神的な絆も強い。JQ自身は自分たちのつながりのことを“家族”や“会社”に例えたりもするが、Nulbarichは、既存のバンド像とも違う、「分業制のポップ」という言い方もしっくりこない、新たな「バンド」の形、あるいは音楽コミュニティの在り方を提示しているといっていいだろう。ライブ中、JQが一人のキーボーディストの肩に手を置き、「いつもありがとう」なんて声をかける場面もあった。

 そして、この日改めて思ったのは、ステージの上、音の波の上をたゆたうように動きながら歌うボーカリスト・JQの存在感には、極めて現代的なポップスターとしてのカリスマ性がある、ということ。フロントマンとしての彼の特徴は、端的に言えば「作られていない」ことだ。決して、MCで強い言葉を言うことで聴き手をアップリフトするタイプではない。「踊れ!」ではなく、「ゆっくり楽しんで」と言ってくれる感じ。もちろん、その歌唱力は常人離れしているし、歌を聴かせるべきところでは聴かせ、キメるときはキメるが、MCでは、まるで友達と無邪気にダベっているようなゆるさ、ナチュラルさを醸し出したりもする。しかし、その言葉の随所に宿るエモーションには、胸をグッと掴まれる瞬間がある。そこには、なんらステージ用の脚色などは見えない。物腰の柔らかさ、お茶目さ、生真面目さ……その全てが、あくまで自然体なのだ。私は、何度かJQに取材をさせてもらっているが、ステージ上の姿、取材現場での姿、さらに言えばスタッフなどの身近な人たちに向けて言葉をかける姿――そのどれにおいても、JQの場合、ほとんど違いがない。きっと、Nulbarichを支持する人たちのなかには、常に人間臭く、等身大である、このJQの存在感に惹かれていく人たちも多いだろう。

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