渡辺志保が選ぶ、年間ベスト・ヒップホップ・アルバム10 “ラップが持つパワー”感じた1年に

 そして今年は、デビュー以来、やりたいことを着実に形にし続けているアーティストの強さを感じた年でもあった。すでに触れたドレイクもそうだが、米ヒップホップシーンでミックステープのリリースが盛んになり、ネット上のミックステープで評価を高めたアーティストが頭角を現したのが2007年から2010年頃だ。ラプソディーもビッグ・クリットもちょうどこの時期にミックステープを中心に高く評価され、シーンに出てきた逸材である。そして、ブレずにここまで活動を続けてきた。ラプソディーはケンドリック・ラマーやザ・ルーツのブラック・ソート、バスタ・ライムスといったスキルフルなラッパーたちを招き、彼女らしいウィットとシニカルさに満ちたラップを披露。マヤ・アンジェロウやニーナ・シモン、アレサ・フランクリンといった偉大な先人たちからのインスピレーションも見え隠れし、こんな時代だからこそ、筆者の心にはラプソディーのラップが深く響いたのだった。

 そしてビッグ・クリットは2016年にメジャーレーベルの<Def Jam Recordings>から離脱。インディに戻って発表したのがこの『4eve Is a Mighty Long Time』だ。自分の二面性を表す2枚組のアルバムで、やもすれば冗長にも感じる内容だが、バン・Bに故ピンプ・C、シーロー・グリーンにジョイ・ギリアムといった、サウスのヒップホップシーンを常に支えてきたベテランたち、そしてキーヨン・ハロルドやロバート・グラスパー、ジル・スコットにビラルといったジャズシーンにもつながるクロスオーバーな人脈を駆使し、非常にドラマティックで、かつ、自身のキャリア初期から全くブレないビッグ・クリット像を見事まとめて見せた。そうした意味では、タイラー・ザ・クリエイター『Flower Boy』も、彼が長年培ってきたプロデューサーとしての才能が開花した素晴らしいアルバム作品だったと思う。 

 アメリカ国内、いや、世界中が不安定な揺さぶりの状態にある中、今年はケンドリックやジェイ・Zを始め、ラップミュージックの持つ“パワー”そのものを非常に強く感じた一年だった。アルバム選から話は逸れるが、エミネムが真っ向からトランプ大統領を批判したサイファーも、その最たる例の一つだと思う。かつて、パブリック・エネミーが「Fight The Power」と叫んだ時代と同じような空気感が張り詰めているのではとも感じる。2018年はヒップホップシーンの中から一体どんなトレンドが生まれ、どんな名作が生まれるのか。今からすでに期待感が募るばかりだ。

■渡辺 志保
1984年広島市生まれ。おもにヒップホップやR&Bなどにまつわる文筆のほか、歌詞対訳、ラジオMCや司会業も行う。
ブログ「HIPHOPうんちくん」
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blockFM「INSIDE OUT」※毎月第1、3月曜日出演

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