『SONIC ACADEMY』仕掛け人に訊く、いま“クリエイター育成”が必要な理由

“音楽クリエイター向けフェス”開催の理由とは?

「音楽作家はコンサルティング業務に近づいている」

ーーなるほど。そしていまはもう少し目線を下げて、若手の実力派作家やミュージシャンが多く登場しています。

灰野:大物と呼ばれる方たちの講座をWebで配信し始めたことを受け、フェスのほうはもう少し若い作家だったり、コンペでまさに勝ち抜いている人たちがコンペシート(楽曲の発注書のようなもの)をどのように噛み砕いてデモを制作しているかを共有できたほうがいいかなと思ったんです。

ーー噛み砕き方も色んな形がありますからね。若手の音楽作家にもスタープレイヤーが続々と生まれている一方で、アーティスト自身の楽曲提供なども増え、次第に音楽作家同士の争いも激化しているような気がします。

灰野:若手の作家で活躍している人たちも、アーティストとして活躍している・していた場合が多くて、その垣根はなくなってきているような気がしています。どちらにも言えることは、歌い手として外に出る人の気持ちーーどうやったら歌いやすいか、気持ちよく歌えるかを熟知した作家が売れている傾向にあるといえますね。僕の立場としては、アーティストであれプロの作家であれ、はたまたサラリーマンの方が副業でやっている音楽であれ、素晴らしい曲であれば誰が作っていても良いんじゃないかと思っています。アーティストは表舞台で戦う強靭なメンタルと覚悟がないとできない職業ですけど、音楽作家は賢くてバランス感覚がいい人たちが多いので、普通に社会人適性のある方ばかりなんです。普通に職業を持っている方の中にも、すば抜けた音楽的才能を持っている方はいるはずなので、ソニアカではそういう人たちもサポートできればと。

『ソニックアカデミーサロン』

ーーソニアカ全体の取り組みとしては、『SONIC ACADEMY FES』『UTA-PLA』『MUSIC MASTER』『ソニックアカデミーサロン』の4つがあるんですよね。『UTA-PLA』はプレイヤー側に近いものですが、『MUSIC MASTER』『ソニックアカデミーサロン』は性質的に近いものがあるような気がします。それぞれについて簡単に伺えればと思うのですが。

灰野:フェスでは色んなニーズを探る場だったのですが、『MUSIC MASTER』では大御所アーティストと一緒にセッションしたり、ストリングススコアの書き方を学んだりと、さらに追求する場所として通学コースとオンラインコースの2つを用意しました。すると、その生徒さんから「受講生同士のコミュニケーションができる場を作ってほしい」という要望があったんです。それを受けつつもどうにもできないジレンマがあったのですが、生徒さんの中にIT系の企業で社長をされている方がいて、その方から「リアルなコミュニケーションの場を沢山用意するのは負担がかかるから、まずはIT系でも多く開かれているオンラインサロン中心の形を取ってみてはどうか」とアドバイスを受けて、『ソニックアカデミーサロン』がスタートしました。なんとか1000人くらいの規模感を目指しつつ、今月もミュージックバーで集まる会合があったり、講座を開いたりと、様々な形で交流できればと思います。また、『MUSIC MASTER』で過去に行った授業を『ソニックアカデミーサロン』でアーカイブ化するなど、この2つの企画については徐々に一体化しようとイメージしています。

ーー講師陣ともコンタクトが取れるというのもサロンの魅力ですね。ちなみに、そこで学んだことを実践する場も重要だと思うのですが、その機会を与えることはあるのでしょうか。

灰野:まさにそれが『ソニックアカデミーサロン』に持たせようとしているもう一つの役割です。コンペ自体は開かれたものにしていきたいんですけど、どうしても発売前の情報やタイアップ関連の機密事項があったりするので、特定の音楽作家事務所や音楽出版社、もしくは個人でも実績のある方にしか情報をお渡しできないんです。ただ、『ソニックアカデミーサロン』ではメンバー同士の素性がわかるので、すべてとはいかないのですが、オープンにできるものはご案内していこうと思っています。サロンから頭角を表してきた作家さんについては、ソニー・ミュージックグループ内部でのマネジメントなども視野に入れています。

ーー先程お話にも上がりましたが、「肝心なところが欠落しているもの」の「肝心なところ」とはどのような要素なのかが気になります。灰野さんが思う「良い曲」の条件を一つ挙げるとすれば?

灰野:「肝心なところ」というのは、最低限学ばなくてはいけない音楽の仕組みみたいなものですね。「良い曲」については、アーティストにもよるので難しいですね……(笑)。誰が歌っても良い曲はもちろん良い曲なんだと思うんですが、僕らの立場が求めているのは、アーティストの声色や音域にマッチした楽曲、声を研究してどう活かすかが考えられている曲で。その視点から最もキャッチーなメロディがサビにあって、そこまでの展開をいかにドラマチックに作るかという点を重視しています。サビを聴かせるためにどういうBメロがあって、そこに繋がるAメロがどうで、導入としてイントロがどう作られているか、とか。

ーーあくまで「歌モノ」のアーティストなら、そこを引き立たせる最大限魅力的な楽曲を、ということですよね。

灰野:そんなに計算高く作っているのかと思われるのは嫌ですが、感覚的に良いと感じた曲がそうだったということはよくあります。あと、ここからは僕の持論ですが、良いメロや良いコード進行はある程度出尽くしてしまっているので、そこに大きな差はないし、プロの作家として活動している人はある程度書けるわけですよ。だから、部品は同じでもどう上手く構成するかが重要で、それがアーティストにどこまで上手くマッチングさせているかを必死に考えて探っているものが採用されやすいのではないかと考えています。

ーーなるほど。確かにいまの音楽作家にはプロデューサー的な視点を持っているかどうかが重要な気がします。

灰野:その通りです。以前にCHOKKAKUさんも授業で話していただいたのですが、作曲家と編曲家の境目はどんどん無くなってきているし、僕自身も音楽作家はコンサルティング業務に近づいていると感じています。僕らは目の前に売り出すべきアーティストがいて、どんな曲を作るべきか、このタイアップにはどんな曲が合うか、それをどう打ち出していくべきかを考えていて、コンペシートで曲を発注するわけですが、そこを言われた通りに作るだけでなく、「いや、この流れならこんな曲のほうが合いそうですよ」や「こんな考え方もあるかもしれないですよ」という提案が上手な作家が次々と登場している。それが今回講師を務めてくれるAkira SunsetでありCarlos K.だったりするわけです。

ーー守るべきものを守ったうえで提案できるというのは、確かに重要なスキルだと思います。その「守るべきもの」や「提案できる幅」を学ぶのも、ソニアカの役割でもあると。

灰野:そうですね。「意外に大したことないな」というポイントこそ、重要なのに知らずに見逃していることも多くて。音楽に携わるスタッフが受け継いできたものと聞くと、職人的なものを想像している方も多いかもしれませんが、小さいことの積み重ねや小さい決まりごと、その手順の踏み方だったりするわけです。それを知っているだけでも発想が楽になると思います。

ーー音楽作家やその講座を取材する中で、よく出てくる質問が一つあるのですが、作家さんごとに基準点が違うので、ディレクター・プロデューサーである灰野さんに伺わせてください。デモトラックの精度って、どこまで上げるべきなんでしょうか。

灰野:精度自体はもちろん高ければ高いほど良いです。ただ、後回しにできる部分を一生懸命に磨いていては意味がないし、作家さんのなかにも、デモの精度が低くてもアイデアや工夫で通してくる方はいますから、一概には言いづらいですね(笑)。やれることはやったほうが良いと思うんですけど、打ち込み能力の高い人が必ずしも良いかと言われればそうではないですが、あると困らないですし。

ーーあと、普段ディレクターとして送られてきたデモをどこまで聴き込んでいるのか、というのも気になります。

灰野:全楽曲1コーラスは必ず聴きますし、1曲1曲について必ず一言はコメントを残すようにしています。目の前のプロジェクトでは合わない曲であっても、他の用途で魅力を発揮できる曲も沢山あるので、後でなるべく思い出せるようにしています。

ーー今後のソニアカでは、先程話題に上がったサロンとの連動性なども含め、フェスや講座だけではなく、もっと大きなプロジェクトへと育てていくのでしょうか。

灰野:それもありますし、目的を同じくするところともどんどん提携していければと考えています。例えば、今回のソニックアカデミーフェスで企画している『J-POPクリエーター頂上決戦! 楽曲コンペ・バトルロイヤル2017 新進気鋭の若手作家4人が集結し、勝負曲でガチ対決!』という企画では、外部の音楽プロデューサーの山口哲一さんが開いている「山口ゼミ」と連動していて、同じコンペシートを題材に曲を作ってもらったりしていて、会員同士で生徒の行き来が出来るようになっています。あとは私塾的にセミナーを開いている松浦晃久さんやWATSUSHIさんなどとも協力していければと。僕らの最終目的は「良い音楽クリエイターと知り合って、きちんとした出口(楽曲)が作れる」ことなので。

ーー最終的に良い曲を生み出せる作家が増えて、業界が盛り上がればそれでいいと。

灰野:ぶっちゃけ月額1080円のサロンは利益を出せる価格ではありません。いただいた資金は次の育成のために使わせていただきつつ、作り手のシーンを活性化するために貢献していければと思っています。今のところどちらかというと講師の方が講義のために書いた曲からヒット曲が出ている感じですが(笑)。

ーーそんな事例もあるんですね。

灰野:丸谷マナブさんが「アーティストの特性に合わせて曲を作る」というテーマで、Little Glee Monsterに合わせて参考曲を作ってきてくれたのですが、それがあまりにも良い曲だったので、4thシングルの表題曲(「好きだ。」)として使わせてもらうことになったんです。今度の講義も「Little Glee Monsterの仮想3rdアルバムのリード曲」というテーマなので、受講生から募集している楽曲も含め、もしかしたら何かが生まれるかもしれないですね。

【第二弾・Akira Sunset編へ続く】

(取材・文=中村拓海/撮影=林直幸)

■関連リンク
『SONIC ACADEMY』
『SONIC ACADEMY SALON』
『SONIC ACADEMY FES EX 2017』

■イベント情報
『SONIC ACADEMY FES EX 2017』
開催:2017年10月7日(土)&8日(日)
会場:東京都 Future SEVEN

<2017年10月7日(土)講座内容>
「J-POPクリエイター頂上決戦! 楽曲コンペ・バトルロイヤル2017 新進気鋭の若手作家4人が集結し、勝負曲でガチ対決!」
講義時間:11:00~12:30
講師:Akira Sunset / Carlos K. / 丸谷マナブ / Soulife

「『音楽×映像(CG・アニメーション)』ヒットの法則 ~今、世界に望まれる日本の音楽とは~」
講義時間:13:30~15:00
講師:Tom-H@ck

「~ミュージックマスター講師とジョイント講座~ 三浦拓也(DEPAPEPE)と名渡山遼 10 STRINGS MUSIC COMUNICATION」
講義時間:16:00~17:30
講師:三浦拓也(DEPAPEPE) / 名渡山遼

「それでも君は音楽で飯を食っていきたいのか? ~音楽業界を目指す人へ今伝えたい! 音楽業界を生き抜くためのヒントを大公開!~」
講義時間:18:30~20:00
講師:角松敏生

<2017年10月8日(日)講座内容>
「アニソン好きな僕が100万枚DJになった理由
~売れるアニソン徹底分析~」
司会:冨田明宏(音楽評論家/音楽プロデューサー)
ゲスト:山内真治(アニプレックス プロデューサー)
講義時間:11:00~12:30
講師:DJ和

「駅メロディ制作のパイオニア“塩塚博”が教える「数秒間で心をつかむメロディ制作術」と鉄のピアニスト“松澤健”が弾き語る「駅メロ解体新書」」
講義時間:13:30~15:00
講師:塩塚博、松澤健

「「加藤ミリヤが紡ぐメロディの種はどこから生まれるのか」
~インスピレーションの源を徹底分析!~」
ゲスト:Shingo.S
講義時間:16:00~17:30
講師:加藤ミリヤ

「生まれた時から音が響いていた
~真太郎(UVERworld)流ドラム&音楽論~ vol.2」
講義時間:19:00~20:30
講師:真太郎(UVERworld)

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