ヤなことそっとミュートはアイドルシーンで異彩放つ存在に? “歪んだ音”が与えるインパクト

ヤナミュー、アイドルシーンで異彩放つ存在に

 8月16日にリリースされた最新作『STAMP EP』は、そうした90sオルタナティヴ・ロック色の強かった今年4月リリースのアルバム『BUBBLE』より一歩進んだ独自性のある作風になっている。蹄鉄を鳴らす早馬のごとく一気に駆け抜ける「Any」、硬派に激情を揺さぶる「No Regret」、ゆっくりと深淵をなぞっていくような静と動のダイナミズムが心地よい「AWAKE」、綺麗なコーラスワークが一筋の幸福感を与えてくれるメランコリックな「天気雨と世界のパラード」と、確実にその振り幅を広げている。なにより、格段に力強くなったボーカルにメンバーの成長をいちばんに感じることのできる作品である。

ヤなことそっとミュート - AWAKE【MV】

 それはライブにおいても同様だ。数を重ねるごとに研ぎ澄まされていく歌とステージング。『STAMP EP』リリースイベントとして8月13日に代官山UNITで行われた無料ワンマンライブ『STAMP ON』は、そんなグループの成長と唯一無二の存在を示し、新たな可能性をも予感させるライブだった。

 凛とした顔つきで宙を斬るような鋭さを持つなでしこ、スラッと伸びた長い四肢でしなやかなに舞うまに、キリッとした中にどこか少女のようなあどけなさが見え隠れする一花、フードで隠れる表情にどこか狂気すら感じてしまうミステリアスな雰囲気を漂わせるレナ。それぞれの個性を持った四者四様のメンバーが、激しくも美しい、“アイドルグループだからこそ”のステージを魅せていく。

 ヤナミューは、リリースのたび毎回ライブハウスでの無料ライブを行ってきた。新宿SAMURAI、新宿LOFT、そして今回の代官山UNITへと、その規模を着実に広げている。CDショップでのインストアライブよりもこうしたライブハウスを選ぶのは、ライブサウンドに対するこだわりでもある。オケでありながら、生のバンドに負けないほどの音量と音圧が堰を切ったように荒々しく襲い掛かってくるのだ。「ヤナミュー基準からしてもなかなかの爆音」「スピーカー前は耳栓あった方がいい」と事前にアナウンスされていた『STAMP ON』は、音が鳴っていない隙間でも空気が揺らすほどであり、アイドルのライブで胸がえぐられるほどの音圧を感じるとは思ってもみなかった。臨場感が溢れだす轟音の洪水と、白を纏った4人の娘が織り成す夢幻の世界ーー。それが、ヤナミューのライブだ。

 2016年に、BELLRING少女ハート(以下、ベルハー、現・There There Theres)の運営を手掛けたクリムゾン印刷による新アイドルプロジェクトとして始動。ベルハー楽曲の作曲家、アレンジャー、エンジニアからなるチーム「DCG ENTERTAINMENT」がプロデュースを担っている。音に関するプロフェッショナルが周りを固めているのだ。であるから、どこの会場であっても、いろんなグループが出るイベントであろうと、スピーカーから放たれる音の完成度は申し分ない。音量は大きいがうるさくはない、各楽器のバランスが鮮明であるから耳障りな印象がないのである。こういう音楽性のグループは、「生バンドでのライブを見てみたい」と思うことも多いが、ヤナミューに関してはその必要性すらあまり感じないほどだ。

 『STAMP ON』はリリースイベントでありながら、さらなる新曲も初披露された。「HOLY GRAiL」という、シューゲイズなギタリストなら誰もが知るエフェクトペダルを思い出すタイトル。ありそうでなかったワルツ調の、さらなる可能性を引き出すような曲だ。節目のライブに次の展開を予感させる新曲披露も恒例になっており、貪欲な姿勢を崩さずに攻め続けている。今後どのように成長、進化していくのかますます目を離すことができないグループなのだ。

 始動してから約1年、表立ったプロモーションよりも、音源とライブでその存在を知らしめてきた。今やアイドルファンのみならず、耳の早いロックファンにも注目されている。しかし、ただオルタナティヴ・ロックの息吹や潮流を感じさせるだけに収まるものではない。轟音+美メロの音楽も、4人のまっすぐな歌声も、キレのあるパフォーマンスも、ゆるさ全快のMCも、バンドでもシンガーでもないアイドルだからこそできる独自の芸術表現であり、彼女たちでしか成し得ない世界を創り上げているのだ。

 “歪んだ音”が好きで、まだ彼女たちのことを知らない人がいるのなら、ヤなことそっとミュートの轟音に溺れてみてはいかがだろうか。

■冬将軍
音楽専門学校での新人開発、音楽事務所で制作ディレクター、A&R、マネジメント、レーベル運営などを経る。ブログtwitter

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