ジョン・ライドンが語り倒す、表現者の哲学 「俺には飽くことのない知識への渇望と意欲がある」
「PiLってのは同時に、People In Loveって意味でもあるんだ」
――はい。ですが、もう少し『メタル・ボックス』に関する質問にお付き合いください。あなたは『メタル・ボックス』をこの数年の間に聴き返すことはありましたか?
ジョン・ライドン:ああ、しょっちゅうだ。俺はいつも過去の作品を聴いてるよ。自分の作品とは常に連絡を絶やさないようにしてるんだ、ハハハ。そうじゃなきゃただの間抜けだろう(笑)。
――え、そうですかね? でも、一度作った作品は殆ど聴き返さない、みたいなことを言う人って結構いますよ。
ジョン・ライドン:(まだ笑っている)いやいや、俺は自分の作品はどれも、何度もくり返し聴いてるんだ。どの作品もみんなそれぞれに、俺のこれまでの人生における重要な時期を象徴してるからな。そいつを忘れたり失くしたりはしたくないんだよ。俺の頭の中からも、両耳の間からも、心の中からも、目の前からもな。
――ふむ。
ジョン・ライドン:俺はすべてをちゃんと記録し、記憶しておきたいんだ。なぜって俺は……さっきもその話をしたが、子供の頃の病気が元で、6歳の時にその前の4年間にあったことを完全に失ってしまったんだ。
――ああ、そうですね、そうでした。
ジョン・ライドン:もう二度とあんな思いはしたくない。だから、記憶のどの断片もひとつ残らず、正確に覚えていないと気が済まないんだ。どんな些細なことだって、捨て置いていいものなんかない。卵を茹でるとかお茶を淹れるなんていう日常的な行為から、歌詞に入れる言葉を決める取捨選択に至るまで、俺の中ではすべて同じだけの重さを持った記憶なんだ。なぜってそれは、俺にとっては自分が生きている、存在してるってことの証明に他ならないからさ。かつて危うく命を落としそうになった人間にとっては、こいつはそれだけで意味があるんだ。
――なるほど。
ジョン・ライドン:ホントだぜ、俺は本当に間一髪のところで死なずに済んだんだ。俺が昏睡状態から脱け出せたのはまったくの幸運と、自然の力のなせる業だった。俺は自然の力ってやつのもたらす恵みを、これまでも、そしてこれからも、常にありがたく享受するね。
――そうですね……。
ジョン・ライドン:ああ、だからみんな、大いに生きることを楽しめよ!(笑)。俺自身そうすることに努めてるからな。
――(笑)ええ。で、今回のボックスの中で最も興味深かったのはデモを集めたディスク3でした。このアルバムがいかにして最終的にあの形に至ったのかと言う過程を辿っていけるからです。あのアルバムは完成までに……。
ジョン・ライドン:(質問の途中で)ああ、あのアルバムは楽しい刺激的な瞬間のコレクションなんだ。作ってる間にアウトテイクが幾つも出来たから、俺が見つけられたやつ全部、まとめてあそこに入れたんだよ。けど、そうだな、その通りだ。あのデモ・バージョンの数々で、当時の俺たちの間のコミュニケーションを垣間見ることができるだろう。
――ええ。
ジョン・ライドン:ただ、アルバムに入れるには、クリアしなきゃならないクオリティ・レベルがあったんだよ。アウトテイクやデモってのは、確かにどれもそれなりに面白いだろうが、実際に聴いてみれば、なんでそれが最終的に収録されなかったのかわかるはずさ。俺たちは自分たちの仕事に対して完璧を求めてたんだ。それは昔も今も変わらない。わかるだろ?
――はい。それで……
ジョン・ライドン:(話し続ける)と言っても徹頭徹尾の完璧さとは違う。そんなのは神の業を模倣しようとする愚かな行いに過ぎないからな。そいつは誤りだ(笑)。
――そうですね。で、『メタル・ボックス』のそもそものアルバムとしてのコンセプトはどういったものだったんでしょう?
ジョン・ライドン:(少し考えて)……あー、まず俺は、The Whoが制作に関わってた映画『さらば青春の光』のオーディションを受けてたんだよな。で、オーディションは落とされたんだが、終わった後でオープンリールのフィルム(オーディションでジョンが演じた寸劇を収録したもの)を持ち帰り用に渡されたんだ。俺はそのフィルム用の缶をいたく気に入ってな。それがすべての始まりだったんだ。
――なるほど。
ジョン・ライドン:それと、PiLってバンドは会社的な発想から来てるんだぜ。アーティスティックなプレゼンテーションといい、アーティスティックな意味でやれることの限界といい……もっとも悪い意味の企業的な部分はないけどな。むしろその逆で、PiLは世界で一番温かいんだ。PiLってのは同時に、People In Loveって意味でもあるんだ。
――あれ、そうなんですか?
ジョン・ライドン:ああ、誰もがお互いを愛し合う世界ってことさ。俺たちはみんな、いっぺんにお互いを愛することができるんだ。
――それは初耳です(笑)。
ジョン・ライドン:そうだとも、俺はそういうつもりだったんだ。この世界はどっちを向いても冷ややかで無関心に満ち満ちてるが、俺はこのバンドでそういう観念を正して行きたいと思ってるんだ。全てのことがもっととっつきやすく、分かりやすくなるようにな。
――なるほど。
ジョン・ライドン:分かるだろう、俺はどんなことに対しても、理由もなく拒絶したり厳しく断罪するような人間じゃない。
――はい、そのようですね(笑)。
ジョン・ライドン:だろ? そして俺はどんなポテンシャルも決して何もせずに切り捨てることはしない。どんなことでも、我が同胞たる人類すべてに対してより良い利用法はないか、もっと改善できるんじゃないかってことを探し、そっちの方向へ進むように促してるんだ。
――はい。
ジョン・ライドン:というところで、今のでなかなか見事な『メタル・ボックス』のコンセプトの説明になってると思うがね。あれはピストルズほどガチガチにコンセプチュアライズされてたわけじゃないんだよ。ピストルズは既存の社会制度や権力を攻撃するってのがコンセプトだっただろ。それに対してPiLは自分の内側を探る旅でありながらも、間違いなく権力とは、体制とはっていう概念の再構築を目指しているんだ。
――なるほど。
ジョン・ライドン:まあ、とりあえず今俺が目指してるのは、お人好しの銀行家を見つけることだけどな、ハッハッハ(笑)。
【後編へ続く】
(文=小野島大/訳・取材=田村亜紀)