エド・シーランは“現代ポップの必須条件”を完璧に満たした 新作『÷(ディバイド)』徹底分析
歌詞に関しても少し触れておくと、所謂ラブソングも多いのだが、自伝的な歌詞のリアルさ、正直さに胸揺さぶられるものが今作は特に際立っている。オープナーの「Eraser」はどこかEminem(エドはラッパーの中ではEminemに最も影響を受けたと語っていた)を想起させるラップ曲で、「こうして賞をもらうようになった今」改めて過去と現在の自分を見つめている、正直すぎるくらいの曲だ。〈名声は地獄だ。築き上げていた人間関係も心も、それが壊してしまう〉という一節に胸がえぐられる。続く「Castle On The Hill」は生まれ故郷のシンボルである城を頭に浮かべながら「あの頃」に思いを馳せている曲で、これはもうブルース・スプリングスティーンの世界観をイメージせずにはいられない。〈僕も友達も、もう長いこと(酒を飲んで)吐いたりしていない。それだけ大人になったってことさ〉と、エドは大人になった認識の中に少しばかりの寂しさを滲ませる。こうした自伝的な曲のみならずラブソングにしてもそうだが、今作では彼のストーリーテラーとしての才が一気に開花、あるいは進化した印象を受ける。ソングライターとしてのスケールがそれによってグンと増したようにも感じられるし、恐らくそれも旅の成果なのだろう。
楽曲のスケール感に伴い、今作のいくつかの曲は、エドの歌唱も非常に情熱的。これまでに比べて遥かに声の力が強く、「Dive」のように振り絞って歌われる曲もある。かつては“さりげなくいいメロディ”を書くことのほうが多かったエドだが、今作では明らかに“強いメロディ”“エモーショナルなメロディ”を志向していて、それがエモーショナルな歌い方を呼び込んでいるのだろう。あるいはウェンブリー・スタジアム公演の経験などから、声を遠くに響かせることの意識も働いていたかもしれない。いずれにせよ、本気で願うように歌わなくては事態は変わらない、「Dive」の歌詞で言うなら〈墜落するかもしれないし、飛べるかもしれない〉けど本気で歌わなければ飛べないのだという思いのもとに声を強く出しているようで、そこにシンガーとしての成長を感じ取ることもできる。胸に響く曲を書くこと。激しくギターをストロークさせること。気持ちを込めて歌うこと。その三つは彼にとって同等の意味を持つ行為であり、少なくとも自分がそれをしないと世界は何も変わらないのだと馬鹿正直に信じてそうしている。それは古臭いやり方かもしれないし、もっと器用なやり方、賢いやり方もあるかもしれないけど、エドは自分のやり方を貫き通す。スタジアム公演だったらバンドを従えても誰も文句は言わないだろうに、それでも7万人以上に対してアコギ1本(とループペダル)のみで向き合うのだ。なぜならずっとそうやってきたから。そうやって路上で歌い始めて今があるから。それは彼の信念でもあり、即ち『÷(ディバイド)』は情熱と信念のアルバムだと言うこともできる。
ところで先日バッタリ会った友人は、『÷(ディバイド)』を通して全部聴くのがなかなかたいへんだと言っていた。1曲1曲どれも素晴らしいのだが、素晴らしい曲が16曲も続くとお腹がいっぱいになって苦しくなると言うのだ。確かに一気に通して聴いた時の満腹感は相当のもので、文句のつけどころのないこの傑作の、それが唯一の弱点と言えなくもない。僕はというと、毎日4曲ずつくらい聴くことを繰り返している。そのくらいのほうが各楽曲の奥行きに感じ入ることができるし、それでも十分な充足感を得ることができる。そういう意味では、各面に4曲ずつ収録された2枚組のアナログ盤がおススメだ。CDを通して聴いてもわからなかった音の隠し味に気づくこともできたし、全体の構成の妙に改めて唸らされた。
繰り返しになるが、何しろ全ての楽曲クオリティが恐ろしく高いので、そうして聴けば誰でも「特に好きな自分にとってのこの1曲」を持つことができるはずだ。因みに今のところ自分にとってのそれは5曲目「Perfect」。楽曲構成的には極めてオーソドックスなラブバラードだが、むしろこういう曲にこそエドのソングライターとしての凄みが滲み出る。アメリカでは特に好まれそうで、カントリー系の歌手にカバーされでもしたら永遠の名曲として残るだろう。冒頭に記したように現段階でもう記録的なセールスを叩きだしているアルバムだが、これからどれかの曲がシングルになってフィーチャーされる度にまだまだセールスを伸ばしていくことは間違いない。気の早い話だが、今からもう来年のグラミー賞(よほどのことがない限りエド・シーラン祭りになるだろう)が楽しみだ。
(文=内本順一)
■リリース情報
『÷(ディバイド)』
発売:2017年3月3日(金)
価格:¥1,980(税抜)
<収録曲>
M-1 Eraser / イレイサー
M-2 Castle On The Hill / キャッスル・オン・ザ・ヒル
M-3 Dive / ダイブ
M-4 Shape Of You / シェイプ・オブ・ユー
M-5 Perfect / パーフェクト
M-6 Galway Girl / ゴールウェイ・ガール
M-7 Happier / ハピヤー
M-8 New Man / ニュー・マン
M-9 Hearts Don't Break Around Here / ハーツ・ドント・ブレイク・アラウンド・ヒア
M-10 What Do I Know? / ホワット・ドゥー・アイ・ノウ
M-11 How Would You Feel(Paean) / ハウ・ウッド・ユー・フィール(ピーアン)
M-12 Supermarket Flowers / スーパーマーケット・フラワーズ
M-13 Barcelona / バルセロナ
M-14 Bibia Be Ye Ye / ビビア・ベ・ィエ・ィエ
M-15 Nancy Mulligan / ナンシー・マリガン
M-16 Save Myself / セーブ・マイセルフ