元スパガ・八坂沙織は表現者としてどう進化した? ソロライブと近況から分析

元スパガ・八坂沙織は表現者としてどう進化?

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 SUPER☆GiRLS在籍時、八坂の歌はそれほど目立っていたわけでもなかった。ただ、当時から「いつかミュージカルの舞台に立ちたい」と漠然と思っていた彼女は、通常のボイストレーニングを拒んで、ミュージカルのトレーナーに師事していた。彼女の意志の強さを物語るエピソードでもあるが、その貫いた信念は数年後、身を結ぶことになる。バーナデット・ピーターズやシェールをはじめ、ブロードウェイで活躍する数多くの有名アーティストを世に送り出しているボイストレーナー、エイドリアン・エンジェルの手ほどきを受けるほどになったのだ。

 アイドル時代、中には変わったファンがいたことや、卒業の際に折り紙の花をくれた小学生が中学生になって舞台を観に来てくれたこと。高らかに歌を響かせていた先ほどまでとは一変、コロコロとした声で少女のような表情を見せながら嬉しそうにMCをする姿が印象的だった。普段は女優として、己を役柄に憑依させている八坂が素のままで居られる場所、サオメロは彼女にとってそうした場所であるのかもしれない。

 「あ、私、事務所辞めたんです」昨年7月、デビュー当時から所属していた事務所を離れ、一人で活動していく道を選んだ。「フリーになってから、仕事に対する気持ちが結構変わって……」その後の女優活動はもちろんだが、このサオメロも完全自主制作である。もともと自主的な要素の強いイベントではあったが、今回は企画制作をはじめ、グッズ製作まで、正真正銘の彼女一人のDIY、ノンプロモーションで開催に至った。悔しくもソールドアウトには届かなかったものの、今、彼女の目の前にはフロアを埋め尽くす大勢のファンがいる。 

「一人になって、大変なことも多かったんですけど、周りの人もそうだし、こうやって集まってくれるファンの人もそうだし。本当にいろんな人に支えられてるなと思いました。幸せだなって。何がいいんだろ、こんなヤツの……。本当にありがとうございます!」

 応援してくれる人たちに感謝の意を述べると、盛大な拍手が巻き起こった。グループ時代から人一倍、芯の強さを見せていた八坂。今こうして、たった一人で茨の道を進む彼女の姿は以前より一段と輝きを増している。それは、誰の目にも明らかだった。

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 アンコールではMIZとの出会いに触れる。昨年9月の舞台『魔銃ドナークロニクル』で共演したMIZのバイオリンに心打たれ、「サオメロで共演したい」とずっと口説いていたことを明かす。同舞台は八坂がフリーになってからはじめての主演舞台であり、特別思い入れの強い作品であると紹介し、そのテーマ曲へと……。しかし、MIZが奏でたのは「Happy Birthday To You」のフレーズだった。会場全体の大合唱とともに運び込まれるケーキ。このライブ当日から4日後の2月16日に28歳を迎える八坂への、有志ファンが企画したバースデーサプライズだった。母親からの愛に溢れた手紙も読み上げられ、感動と祝福の温かい空気に包まれた。 

「28歳は、みなさんに素敵な景色を見せるために一生懸命頑張るので、陰で。これからもよろしくお願いします!」

 “陰で”とあえて強調するのが八坂らしい。演者の努力や苦悩が応援する側の共感を呼ぶことも多い昨今だが、彼女は水面下でもがく白鳥のように、そうしたものを見せたくないタイプのストイックな表現者である。

 「もう何もないよね?」あらためて披露された「魔銃ドナークロニクル」。夜想曲調、ハードロック仕立てのアレンジから沸き上がる高揚感。マイナーのメロディが八坂の歌声と見事なまでに相応する。同舞台での吸血鬼・御船彼岸子を演じる八坂が、異様なほどハマっていたこともあるのかもしれない。気がつけばまるで、彼女のオリジナル曲であるかのように引き込まれていた。昨年、重厚なツインギターのバンドを従えて歌う彼女をはじめて見たとき、何かに取り憑かれたように歌う、狂気性を帯びたその類稀なる存在感に打ちのめされたことを思い出す。“可愛く見せる”とか、ましてや“元アイドル”だとか、そんなことお構いなしに、赴くまま鬼気迫る表情で攻め立てる八坂の、シンガーとしての力量と可能性をあらためて思い知らされた。サオメロは、傍から見れば彼女とファンのためのイベントに見られがちだが、むしろ、世の女性ボーカル好き、“Female Vocal”好きにも知ってほしいイベントであると、ここに記しておく。

 最後の最後は予定になかったものの、場内から多くのリクエストもあり、本編で大きく盛り上がった楽曲を再度披露した。みんな、最後はアイドルファンらしく(?)、土下座して、マワって、打って、コールして……、騒ぎに騒いだ。大の大人が。

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 こうして宴は幕を閉じた。全12曲、1時間半足らず。「もっと聴きたかった」と来場者の誰もが思ったはず。その気持ちは、あと年内2回開催される(?)という次回まで取っておくとしよう。今回はバンドでのポップス仕様だったが、ピアノによるクラシカル仕様の八坂は、歌唱スタイルも雰囲気もまったく異なるのだ。さて、次回はどんな趣向で攻めてくるのだろう。決まった形式がないのも、サオメロの面白さだ。

 舞台に、映画に、そして歌に、と、フリーになってからますます精力的な活動を見せている八坂。肩書きを「芸術活動」とし、自らの道を限定せず、枠にとらわれないそのスタンスは、何かをやらかしてくれるようで、なんか良いのだ。女性らしい物腰の柔らかさと、表現者としての芯の強さを持ち合わせる彼女だからこそのセルフプロデュースからも目が離せない。

 歌、演技、身のこなし、佇まい、その立ち姿ひとつとってみても、あの頃とはまったく違う。もし、まだアイドル時代のイメージのままで止まっている人がいるのなら、現在の八坂沙織の、その誇らしき神采を見よ。

(撮影=Shinichi Watanabe & Ishizu Daisuke)

■冬将軍
音楽専門学校での新人開発、音楽事務所で制作ディレクター、A&R、マネジメント、レーベル運営などを経る。ブログtwitter

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