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石井恵梨子の「ライブを見る、読む、考える」 第6回:Klan Aileen

死に向かうサイケデリック? 新鋭・Klan Aileenの”轟音の意味”を石井恵梨子が読む

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 00年代以降、優れた洋楽ロック/オルタナティヴ系アルバムを数多リリースしてきた〈ホステス・エンターテインメント〉が、日本で立ち上がったばかりのレーベル〈マグニフ〉と提携し、日本アーティストの作品を扱うようになったのは今年からのこと。この数カ月でもTHE NOVEMBERSの『Hallelujah』、MONOの『Requiem For Hell』など名盤が続々登場しているのだが、その中で、なぜもっと話題にならないのかと首をひねってしまう若きバンドがひとつ。Klan Aileen(クラン・アイリーン)だ。

 いわゆるJ-ロックからは百万光年離れた洋楽的サウンド。しいて分類すればオルタナティヴ/ポスト・パンクに分類されるのだろうが、そのシーンに居ることの自負よりも、一緒にしてくれるなという好戦的な態度のほうが目立つ発言の数々。だが生意気だと先輩から疎まれるどころか、dipのヤマジカズヒデ、ART-SCHOOLの木下理樹、また音楽評論家の田中宗一郎なども彼らのことを絶賛している。要するに、サウンドだけで30代〜50代までを唸らせている20代のバンドなのである。

 セルフタイトルの新作『Klan Aileen』の発売は10月19日。それにともなうヘッドライニング・ツアーを、11月17日、渋谷WWWで見た。

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 ステージに登場するのは松山亮(Vo&G)と竹山隆大(Dr)の二人。Klan Aileenはドラムとギターだけの、いわばホワイト・ストライプス型ロック・デュオだ。歌と、ダイナミックなリフと、シンプルなリズムだけで楽曲が成立しているところも同じ。だがそこから浮かび上がる景色は背筋が凍るほど殺伐としているし、不機嫌で不穏なダークネスに満ちている。真正面からの明るいライトはなし。ボンヤリとした淡いスモークの中に二人の黒いシルエットが浮かぶところも、そのイメージに拍車をかける。

 焦点の合わない声で気怠いメロディを追いながら、シンプルなコードを淡々と繰り返す松山。悲しみや怒りという具体的なエモーションはないのだが、なんだか嫌な予感がする、不安な気分が掻き立てられていくという意味で、初期ソニック・ユースに近いかもしれない。静かなパートから一転してノイズが吹き荒れる瞬間、凶暴性に火が付き何かをめちゃくちゃにしてしまいたい衝動に駆られる。そんなところも90年代のノイジーなUSオルタナ勢を思わせる。あのシーンに影響を与えたUKニューウェイヴ/ポスト・パンクに通じる要素も、もちろんチラホラと浮かび上がってくる。

 とにかく無口。無愛想とも言える態度で淡々と演奏は続いていく。ライブ中は小声の「ありがとうございます」が3回だけ、他は何もMCがないというのも象徴的。ロックンロールの歴史から「ストレートな熱さ」ではなく「シニカルな芸術性」を選び取ってきたバンドなのだろう。ただ、音量だけが異様にデカい。シニカルもクソもない圧倒的な爆音である。

161127_klan_live3.jpeg松山亮(Vo&G)
161127_klan_live2.jpeg竹山隆大(Dr)

 松山はギターアンプ2台とベースアンプ1台を同時に鳴らしているそうで、ドロリと重い低音から繊細なクリーントーンまでがWWWのフロアにグワングワン響き渡っている。爆音のリフレインという意味で言えば、ニューロシス、スワンズなどにも近いだろう。だが、壮大すぎる大作志向のバンドでもない。曲はだいたい2〜3分でスパッと終わるし、竹山の冷たいビートがどんどんスピードを上げて、突然発狂したようにめったやたらなドラムソロに突入する箇所もある。その隣には、相変わらず一定のリフを繰り返している松山の姿。まったく、見事なまでにベーシストの入る余地がない。バンド=3人ないし4人が息を合わせてアンサンブルを作る、という発想から完全に解き放たれているのだ。

 もともとKlan Aileenはトリオ編成で始まったバンドである。しかしベースが「うるさかったのでクビにした」と竹山。不自由はないのかと聞けば「何も困ってないし、二人だと話さなくていいから」との答えが返ってきた。苦肉の策で二人になったのではなく、より自由になるために二人編成を選んだのだ。事実、ギターの音がこれだけデカいのも、ドラムス/ベース/ギターのトライアングルで一定の調和を図る必要がないからだ。曲の展開にしても、ドラムが勝手にピークを作り、ギターがおもむろにマックスのノイズをぶちまける、いわば二人が即興的にクライマックスをぶつけ合っているような印象。なるほど、これは3人や4人編成のバンドにはできないやり方だ。

 ただ、前方で見ていれば二人が猛烈な集中力でアイコンタクトを繰り返しているのがわかる。実際は即興ではないのだ。たった二人だから、ごちゃごちゃと複雑なことはできない。ゆえにシンプルなフレーズが選ばれる。だけど二人だからこそ、同じ歩幅であることを気にしなくていい。だからどこまでもフリーキーになれる。二人だからこその可能性を、このバンドは完全に楽しみ尽くしている。ロックバンドのスタンダードから離れることで新しいことをやっているとも言えるし、ギターの本数やテクニカルなフレーズを増やし続けるラウドロック勢の逆を行くことで改めて「轟音の意味」を問うている、ともいえるのだ。暗く、冷たく、不気味で、無慈悲。死の匂いすら漂ってくる楽曲ばかりを一時間というワンマン・ライブ。すべての音が鳴り止んだあと、さっきまで自分はどこの世界にいたのだろうという気分になった。どのシーンにいるバンド、というよりも、別世界の音、という一言が相応しい。

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