中田ヤスタカが『NANIMONO EP』で提示する、音楽シーンの未来像
中田ヤスタカが今の日本の音楽シーンを支えるトップクラスの才能であることに疑いを挟む人は、ほとんどいないだろう。しかし、彼が今まさに新境地への扉を開けつつあること、そして自身のあり方と、次の時代の日本の音楽カルチャーを少しずつ塗り替えようとしていることに気付いている人は、まだ少ないのではないだろうか?
「過去の“普通”は参考にならない。それよりも、自分が思う“普通”が、この先の世の中の“普通”になっていく方がいい」
当サイトに掲載された米津玄師との対談(http://realsound.jp/2016/10/post-9508.html)にて、中田ヤスタカはこう語った。続けて、かつてはエレクトロニックなサウンドを拒絶する人もいたけれど、今はそういう人が少なくなった、と言っていた。おそらくこれは、CAPSULE、Perfume、きゃりーぱみゅぱみゅなど、自身のキャリアを通じて成し遂げてきたことを指しているのだろう。当初は中間部のポリループ部分がレコード会社・事務所から「受け入れられない」と反対を浴びた2007年の「ポリリズム」が結局Perfumeのブレイクのきっかけになったことは有名なエピソードだ。他にも、ミックスからマスタリングまで自身で手掛ける制作スタイルを貫いていることなど、中田ヤスタカが過去の“普通”を自らの“普通”に置き換えてきた例は多い。
では、今、中田ヤスタカは何を変えようとしているのだろうか? そのヒントとなるのが、10月5日にリリースされる『NANIMONO EP / 何者(オリジナル・サウンドトラック)』だ。
10月15日に公開される映画『何者』の主題歌「NANIMONO (feat.米津玄師)」とそのリミックスをdisc1に、中田ヤスタカ全曲書き下ろしによる映画のサウンドトラックをdisc2に収録した2枚組の本作。印象的なのは、これが中田ヤスタカの「ソロ名義」の最新作としてコンパイルされ、作品化されていること。
パッケージもそれを裏付ける。ジャケットには青字で「#就活 #グルディス #エントリーシート #面接落ちた #ブラック企業……」などのハッシュタグが羅列される。就職活動を前にした若者たちのSNSを通した人間模様を描く『何者』のテーマに沿ったものだが、映画のイメージカットや主演俳優の写真を用いることが多い通常のサウンドトラック盤とは違う、デザイン性を重視したものになっている。
公開されているMVのトレーラーも象徴的だ。映像には歌っている米津玄師ではなく、中田ヤスタカ自身の姿が中心的にフィーチャーされている。
つまり、今の彼は本腰を入れて「ソロ名義」の活動に乗り出している、と言える。もちろん、これまでも個人名義の活動は行っている。『LIAR GAME』など数多くのサウンドトラックも手掛けているし、金沢新幹線の発車メロディーを手掛けたことも広く知られている。ただ、それはある種のクリエイター的な職人性を持つ仕事だった。
今回、米津玄師をいちボーカリストとしてフィーチャリング起用してソロ名義で「NANIMONO」という曲を発表したことは、カルヴィン・ハリスやデヴィッド・ゲッタのように、海外では当たり前となっている「自身の名前でアルバムを発表しヒットさせるプロデューサー像」を日本の音楽シーンでも成立させるための第一歩になるのではないだろうか。現状では、ある種の「仕掛け人」としてのイメージが強いプロデューサーという職業や、裏方としての立ち位置にとどまる作曲家のあり方を変えていく一歩になるのではないかと思う。
ただし。
こう書いてきた一方で、中田ヤスタカは『何者』の音楽を手掛けるにあたって、これまでとはかなりスタンスを変えている。サウンドトラックは、過去に彼が手掛けた数々のサントラと比べても、より職人的な仕事の成果として作られている。
一聴するとその違いは明らかだ。前述の『LIAR GAME』などこれまで彼が手掛けた作品の多くはエレクトロニックなサウンドを一貫して用い、その音色を通じてアーティスト性をアピールしていた。が、『何者』の音楽はピアノをメインにしたアコースティックなサウンドが中心だ。映画の世界観や雰囲気に寄り添う劇伴の仕事に徹している。制作作業も実際に映像を観ながら行い、プロデューサー・川村元気や監督・三浦大輔との話し合いの上でやり直しながら進めていったという。
もちろん、その理由としては映画『何者』がリアルな人間模様を描写する作品であることが大きいだろう。ネタバレになるので多くは語らないが、映画では、登場人物の心の表側と裏側にあるものを射抜くようなストーリーが展開される。サウンドトラックには「就活対策本部結成」や「ルームシェア」のように“状況”を示す曲名のものと「光太郎の本音」のように“心理”を示す曲名のものがある。映画を観た上で両者を聴き比べてみると、なるほどと思うことが多いはずだ。
当サイトの別コラムでも書いたが、(http://realsound.jp/2016/09/post-9358.html)東宝の川村元気プロデューサーは「主題歌と劇伴を同じアーティストが手掛ける」映画を次々と送り出している。その流れの中で、中田ヤスタカも自らの作家性を発揮する新しい回路を見出したとも言える。
ともかく。
中田ヤスタカにとって『NANIMONO EP / 何者(オリジナル・サウンドトラック)』は、新境地の作品となった。そしてそれは、「プロデューサー」であり「作家」である人間、つまり自ら歌や演奏を披露しないタイプの音楽家が「アーティスト」としてシーンの主流に立つ――という、未来の音楽シーンの“普通”を予見している動きなのではないかと思う。
(文=柴 那典)
■リリース情報
『NANIMONO EP/何者(オリジナル・サウンドトラック)』
発売:2016年10月5日
価格:¥2,000(税抜)
[2CD]
disc1:NANIMONO EP
01 NANIMONO (feat. 米津玄師)
02 NANIMONO (feat. 米津玄師) -extended mix-
03 NANIMONO (feat. 米津玄師) -Danny L Harle remix-
04 NANIMONO (feat. 米津玄師) -TeddyLoid remix-
05 NANIMONO (feat. 米津玄師) -banvox remix-
disc2:何者(オリジナル・サウンドトラック)
01 就活スタート
02 3人の出会い
03 拓人の想い
04 就活対策本部結成
05 何者のテーマ
06 ギンジとのやりとり
07 ルームシェア
08 瑞月のお母さんの話
09 何者~モンタージュ~
10 グルディス
11 光太郎の本音
12 何者劇場
13 拓人と瑞月
【CD購入者特典】
Loppi・HMV限定特典:クリアファイル(A4)
サポート店特典:ジャケットステッカー
【iTunes】
https://itunes.apple.com/jp/album/nanimono-ep/id1153140035?app=itunes&at=10l6Y8
【Apple Music】
https://itunes.apple.com/jp/album/nanimono-ep/id1153140035?app=music&at=10l6Y8
■映画情報
「何者」
10月15日(土)全国ロードショー
出演:佐藤 健 有村架純 二階堂ふみ 菅田将暉 岡田将生 / 山田孝之
原作:朝井リョウ『何者』(新潮文庫刊)
監督・脚本:三浦大輔
音楽:中田ヤスタカ
主題歌:「NANIMONO (feat. 米津玄師)」中田ヤスタカ
http://nanimono-movie.com/
中田ヤスタカ オフィシャルサイト
http://yasutaka-nakata.com