宇多田ヒカル、新作『Fantôme』を大いに語る「日本語のポップスで勝負しようと決めていた」

宇多田ヒカル『Fantôme』を大いに語る

 宇多田ヒカルが約8年半振りに通算6枚目となるオリジナルアルバム『Fantôme』をリリースした。演奏を日英の精鋭たちが、そして主なミックスをU2やサム・スミスの作品で知られるスティーヴ・フィッツモーリスが手掛けた本作には、配信限定でリリースされていた「花束を君に」「真夏の通り雨」と、人間活動中に突如リリースされた「桜流し」を含む全11曲が収録されている。

 タイトルの“Fantôme”とは“幻”や“気配”などを指すフランス語である。この言葉が意味する通り、本作は、彼女から2013年に逝去した自身の母へと捧げる一枚である。

 リアルサウンド初登場となる今回のテキストは、アルバム完成直後に行われたオフィシャルインタビューのなかから、レコーディングのプロセスやゲストアーティストに特化した発言を中心に構成した。多くのリスナーが待っていた、そして宇多田自身にとっても間違いなく重要なアルバムとして位置付けられるはずの本作はどのように作られたのか。ぜひご一読いただきたい。(内田正樹)

「言葉が自分のなかですごく重要だった」

——アルバムは約8年半振り、本格的な活動再開はおよそ6年弱ぶりです。“人間活動”期間中はどのように音楽と関わっていましたか?

宇多田:超普通のリスナーでしたよ。私、テレビはほとんど観ないので、音楽チャンネルとかも観ないし。ラジオはたまに聴いても、何か古いブルースのやつとか、そんなんばっかりでした。新曲も聴かなかったし、前から普通に好きな曲とか、たまに音楽好きの人から「これいいよ?」とか言われてオススメされたのを聴いたり。あとは家で何かやっている時とか飲みながらかけていたとか移動中の電車とか歩いている時にイヤフォンで聴いていたとか。好きな曲があるとそれを繰り返し3日間ぐらいずっと聴いていたとか。歌ったりとかは全然していなかった。最後のライブ(2010年12月)以降、ほぼ歌っていなかったです。

——本当ですか?

宇多田:うん。自分でもちょっとびっくりするぐらい、全く歌っていませんでした。だから今年の2月から本チャンの歌入れが始まるって気付いて。去年の12月ぐらいから、「ヤバい。じゃあトレーニングしないと声マズい」と思って、毎日声を出し始めました(笑)。

——『Fantôme』の制作が本格的に始まったのはいつ頃からでしたか?

宇多田:去年の3月頃からでいいのかな。それ以前から作業していた曲もあったんだけど、3月以前は休止前のゆるやかな延長上にあった気がするので。東京で何人かのミュージシャンのかたにお願いをして、私がプログラミングした音を差し替えるようなレコーディングをお願いしたんですが、その時に全く完成形が見えなくて。逆に「なんかちょっとイメージと違うな」とか「もっと練らなきゃな」とか、ぼんやりと課題が見えてきて不安だけ残った、みたいな感じだったんです(笑)。

——ほお。

宇多田:で、そこからとりあえず「真夏の通り雨」が1曲完成して。やっぱり歌詞が完成して歌を入れないと掴めなかった。特に今回は言葉が自分のなかですごく重要だったので。実は「真夏の通り雨」はその後、ロンドンで一度歌入れにトライしていたんですけど、その時は私が妊娠後期を完全にナメてて歌えなかったんです。東京からスタッフに来てもらっているのに、「マジか……もう、ほんっとにごめんなさい!」ってなって。「いやいやいいよ~」なんて言われたけど、「よかないだろ……」と。あれはショックでしたね。

——あらららら。

宇多田:今回はスケジュールが一番のプレッシャーでしたね。というのも、説明すると基本的にはロンドンでレコーディングしたので、主要スタッフが三度に分けて歌やバンドの音をレコーディングするために、東京から来てくれていたんです。するとそんなに長期でダラダラと滞在させちゃうわけにもいかなくて。皆さん日本で他のお仕事もあるし(笑)。結局、作業の後半は自分でものすごく過密なスケジュールの組み方をしちゃって。ほら、原稿とかで言うじゃないですか、〆切を……

——「落とせない」?

宇多田:それそれ!(笑)。まさに「落とせない」というハンパじゃないプレッシャーに襲われて。とにかく風邪をひかないようにしなきゃとか。ちょっと息子がくしゃみすると「え!?」みたいな。旦那が咳をしても「え、喉痛いの? 大丈夫? ジュース飲む? キャンディとかあるけど」みたいな(笑)。もうすごい緊張感でした。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる