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兵庫慎司の「ロックの余談Z」 第10回

私たちは客席でどう「映り込む」べきなのか? 兵庫慎司がライブ現場から考える

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真島昌利
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 佐野元春がデビュー35周年を記念して、2015年12月から2016年3月にかけて行ったアニバーサリー・ツアーのファイナル、3月26日・東京国際フォーラムA・2デイズの1日目を観に行った時のこと。ライブ自体は「ああ、日々これだけの本数のライブに行っていても、今日のことは絶対忘れないだろうなあ、俺」と、観ながら何度も思うような、もう本当にすばらしいとしか言いようのないものだったのだが(こちらにレポを書きました)、ここで書くのは、その内容についてではありません。

 会場のあちこちに、映像収録のカメラが入っていた。テレビで放映されるのか、映像作品になるのか、これを書いている時点では公式に発表されていないのでわからないが、普段そういう現場に慣れている身からしても「これ、相当がっちり撮るんだな」ということがわかるくらいの、力の入ったカメラの台数だった。で、僕の席は、1階のまんなかを横切る通路から2列目だったのだが、ライブの間中、その前を、ずーっとカメラマンが通っているのだ。

 あのほら、なんて言うんでしょう、カメラ手持ちでも映像がブレないように腕に装着する、撮影用のアームみたいなやつ。あれを装着したカメラマンが、カメラをREC状態にして、そーっとフロアの端から端まで往復し続けているわけです。3回に2回はステージの方へ、そして3回に1回は客席後方へレンズを向けている、くらいの割合。彼が撮っている画の感じ、どちらも想像できますよね。そういうライブ映像、観たことあるし。
 
 で、レンズがこっちを向いて通った1回目の時、なんとなくカメラを見てしまってから、「あ、しまった」と気づいた。客が真顔でカメラ目線だったら興ざめだな、そんな画、使えないよな、と。いや、使ってほしいわけではないが、どちらかというと映っていないほうがありがたいが、そんなこと言える立場ではないわけで、ならばせめて、撮影のじゃまになることは避けたい。しかも僕は、ライブレポを書くため、手帳を持ってメモをとりながら観ていた。それもイヤだろう、あとで編集する身だったら。そんな奴の画、入れたくないし。
 
 というわけで、その次から、カメラがある程度近寄ってきたところでレンズがこっちを向いているかステージを向いているかを見極め、こっちを向いている時は手帳を持つ手をヘソぐらいまで下げて映らないようにしつつ、決してカメラの方は観ない、目線はあくまでステージに、ということを心がけながら、残りの時間をすごしたのだった。ライブの尺が3時間半で、最初にカメラを見て「あ、しまった」と思ったのが始まって10分くらいだったから、2時間20分くらいはそうしていたことになる。

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