いきものがかりの楽曲における“余白”の重要性 シンプルかつ耳に残るフレーズを分析
今年でデビュー10周年を迎えるいきものがかりが、ベストアルバム『超いきものばかり~てんねん記念メンバーズBESTセレクション~』をリリースする。メンバー3人がセレクトした3枚組の同作には、「SAKURA」や「ありがとう」「風が吹いている」のような、誰もが知っている大ヒットシングルはもちろん、「あなた」や「ラブとピース!」といったアルバム未収録の最新シングルまで完全網羅。さらにはインディーズ時代の人気曲を新録するなど、昔からのファンはもちろん、最近彼らの魅力にハマッた人まで満足のいく内容となっている。そこで今回、同作の中から代表曲と新曲をピックアップ、ソングライティングの魅力を解析してみることにした。
いきものがかりの強みの一つは、メンバー全員が作詞も作曲もできるということだ。しかも、それぞれの曲作りに対して「こうしたほうがいい」などのアドバイスを、他のメンバーは一切しないという。そのため、3人の“作家性”がどの曲にも色濃く残っているのだ。『サウンドデザイナー』4月号のインタビューでボーカルの吉岡聖恵は、他のメンバーの作風について次のように話している。
「リーダー(水野良樹:ギター)の曲は、メロディの緩急が激しくて、音程が上下に飛ぶところにインパクトを感じます。(中略)ほっち(山下穂尊:ギター、ハーモニカ)は、ひと筆書き的に曲を作ってくることが多いので、自然にスルスルっと曲が自分の中に入ってくるんです」
そんな2人の楽曲に対して吉岡は、ボーカリストとしての“個性”をぶつけるのではなく、「あまり“クセ”を付けずに歌おうと意識している」という。コンポーザーの作家性を活かし、そこに自分自身を溶け込ませることによって、楽曲に“余白”を作る。彼らの曲を聴くリスナーは、その“余白”に自分自身を自由に投影させられるからこそ、いきものがかりの楽曲は、広くお茶の間に受け入れられてきたのではないだろうか。ちなみに吉岡は鼻歌からメロディを紡ぎだすことが多く、楽器に縛られないぶん、2人からすると「想像もしないようなメロディの展開をする」(水野)そうだ。
さらに、いきものがかりには主に本間昭光(「ありがとう」「なくもんか」)や島田昌典(「SAKURA」「おやすみ」)、江口亮(「HANABI」)など曲ごとにアレンジャー・プロデューサーがいて、彼らのプロダクションが楽曲のカラーに大きな影響を与えている。クレジットを見ながら、それぞれの傾向を聞き比べてみるのも面白いだろう。
では、実際に彼らの楽曲を聴いていきたい。まずは、彼らのメジャーデビュー曲であり、「桜ソングの定番」として今も不動の人気を誇る「SAKURA」(作詞・作曲:水野良樹)。デビューのための制作が難航する中、「一旦リセットして自由に曲を作ろう」という意志のもとに制作されたこの曲は、マイナー調のコード進行が日本人の琴線を揺さぶる。キーは「Fマイナー」で、サビ始まり。コード進行は「D♭M7- E♭ - Cm7 - Fm」という、浜田省吾の「J.BOY」や渡辺美里の「My Revolution」、tofubeats「ディスコの神様」などでも使われるJポップの王道。メロディは、いわゆるテンションノートをほとんど使わず、基本的にコードの構成音で成り立っている。そのため、かなり抑揚の激しい旋律だが覚えやすく耳に残るのだ。