市川哲史の「すべての音楽はリスナーのもの」第20回
総選挙、メンバー卒業…市川哲史が論じる、“人間模様エンタテインメント”としてのAKB48
AKB48グループ絡みの私の情報源は、もっぱら『日刊スポーツ』だ。
あくまでも私の目的は野球やらサッカーやらテニスやら格闘技やらの的確な分析記事なのだが、つい芸能面を覗くと必ず誰かの記事が載っている。『月刊AKB48新聞』なるタブロイド紙まで別立てで発行しているくせに、その手を緩めない。総選挙なんて1ヶ月ぐらい前から、立候補者272名全員をキスマーク付きで毎日毎日紹介していた。選挙公報と思えばいいのだろうが、<住民票を移してないから選挙権なしで手持ちぶさたな単身赴任のおっさん>の気分か。
たとえばちょっと前の話になるが2月のある日、芸能欄の隅っこに《SKE48小林亜実が卒業》との見出しを発見した。
記事によると、「2010年に4期生として加入し、チームEの結成メンバーとしてデビュー」した、「スイーツなどの料理が得意」で「“こあみ”の愛称で親しまれて」いて、「選抜総選挙では一昨年47位、昨年77位と2年連続ランクイン中」の子だそうだ。ちなみにSKEからの卒業者は、今年だけでも彼女が既に7人目だったらしい。ブラック企業か。
言うまでもなく私はマニアではないので、この小林さんが誰なのか当然わからない。「ふーん」という感じ。こんな経験、ほぼ日常的に起きている。
というかいまやAKB48グループを最も端的に表す一言が、この「ふーん」だ。
「ふーん、名古屋支社の総務の子がまた退社するのか、逢ったことないけど」
「ふーん、飛ばされた先のジャカルタからやっと帰国したか」
「ふーん、独立採算のフランチャイズ制のはずなのに兼任ってどうなのよ」
「ふーん、新潟に支社作るって、大丈夫かウチの会社」
そう。こんな記事が掲載される度に、もはや<どっかの企業の社内報の人事往来の欄>を、他人事のように眺めてるだけの気分だったりする。そして「よりにもよって新潟支社新設に向けて大切な準備期間に、実質副支社長の色恋沙汰発覚」のような裏情報は、ネットで閲覧。なるほどね。
だから契約を満了した非正規雇用アイドル《バイトAKB》の元メンツが、新設支社での本採用を目指してオーディションに臨むなんて話、とても芸能界で起きてる出来事とは思えない。47都道府県から1名ずつ集めた《チーム8》だって、トヨタからの派遣社員みたいなもんでしょ? アイドル・スキームとは思えぬ、単なる<社会の縮図>そのものではないか。
逆にAKB48グループの各チームが、オーディションを勝ち抜き握手会や劇場公演前座に出演している候補生たちから新メンバーを指名する《ドラフト会議》の方が、スポーツ紙の前の部外者にはまったくピンとこない。
要するに、<会いに行ける多人数アイドル>がゆえの圧倒的なリアリティーの前では、下手に企画されたバーチャリティーなど取るに足らないのだ。
だからこそAKBは、ただ存在しているだけで圧倒的な<人間模様エンタテインメント>を見せてくれる。本当にこのエンタテインメント・デザインはよくできている、とつくづく思う。申し訳ないが、彼女たちの楽曲よりもはるかに面白い。
うわ、「投票券や握手券を買ったら、オマケでCDがついてきちゃうんだよなあ」とぼやいてる連中と一緒か私?
そんな本末転倒が余裕で成立してしまうほど、この枠組みは痛い。エグい。素晴らしい。
そういえば私が教える女子大にもNMB48がいる、らしい。奴らアイドルはこうして知らぬ間に我々の生活領域を侵食しているのだから、まったく油断も隙もあったもんじゃない。
しかもそのNMBは当初シングルにも選抜されてたものの、あんぽんたんを繰り返したあげく、半年前に既に「卒業」したと聞いた。それはそれで見事なマッチポンプぶりではないか――と感心してどうする。
こうなってくると、いよいよ魑魅魍魎化すらしてきたデザイン《AKB48グループ》に対抗し得る楽曲そのものを、秋元康Pは作ることができるのだろうか。ま、<エアソング>でまったく問題ないアイドルなので、全然いいんですけどね。わはは。
■市川哲史(音楽評論家)
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント」などの雑誌を主戦場に文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)