ジェイ・コウガミ「音楽サービスのトレンド分析」 第1回

定額制音楽サービスの新潮流ーーApple Music、Spotify、AWA、LINE MUSICは何を変えるか?

 いま、日本で「定額制音楽サービス」への注目が俄然高まっている。かねてから噂されていたアップルの「Apple Music」発表、「AWA」と「LINE MUSIC」の開始、Spotifyの新たな動きなど、この1カ月で一気に時計の針が動き出した。タイミングが重なった各社の動向をまとめながら、定額制音楽サービスのトレンドを考えてみた。

Apple Musicが提示する「あらゆる選択肢」

 アップルがイベントで「One more thing」のスライドを見せる時、それはアップルが戦略的に重要な発表をすることを意味している。そして先日行われた開発者向けイベント「WWDC 2015」でそのスライドの後に発表されたのが、新サービス「Apple Music」だった。

 Apple Musicはアップルが満を持して投入する定額制音楽サービスである。これまで音楽ダウンロードで世界一の座を守り続けてきたアップルにとっては、iTunesストア発表以来の大きな転換期を意味し、まさに音楽ビジネスの「The Next Episode」と言えるサービスだ。

 この数年で世界の音楽事情はゆるやかに変化している。CDなどフィジカル形式の音楽売上は毎年のように減少し続ける中、デジタル音楽は着実に成長し続けた。しかし近年、デジタル音楽のトレンドにも変化が生まれている。まずダウンロードの売上が減少し始めた。その一方で定額制音楽サービが急成長を見せている。2014年は世界の音楽産業でダウンロードからの売上高は8%減少、定額制サービスは39%増加する結果となった。この結果を踏まえ、多くの音楽産業は定額制音楽サービスこそが今後のモデルだと予期している。

 これまでダウンロード売上で世界トップの地位を築いてきたアップルが減少傾向の流れを変えるべく打ち出したソリューションが、定額制サービスへの参入であった。

 Apple Musicから見えた、特徴的な点は3つある。1つ目は「グローバル」であること。イベントでは、6月30日の開始時から世界100カ国に展開することに大きな注目が集まった。そして参入が難しい日本もこの中に含まれていると思われ、アップルもすでにApple Musicの日本語ページを公開している。

 これまで音楽サービスといえば、権利の問題でローカル市場向けに限定されているか、世界各地で展開される二通りがある。SpotifyやRdio、Deezer、Google Play Musicなどは後者にあたり、Apple Musicもこの中に含まれる。つまり、アップルは世界規模の音楽市場を短期間で狙うつもりだ。現在、世界100カ国以上で運営している定額制音楽サービスは、Deezerのみである。

 2つ目は、「ハイブリッド」であること。Apple Musicは定額制音楽ストリーミングサービスではない。ストリーミング、ライブラジオ、アーティスト向けコミュニティ「Connect」を組み合わせたハイブリッド型サービスで、音楽ファンはアプリ内であらゆる音楽体験に触れることができる。

 一般的な音楽ストリーミングサービスは、オンデマンドで音楽が聴ける、プレイリストが組める、キャッシュでオフラインでも聴けるなど、どのサービスでもほぼ似通った機能が用意されているため、独自の「らしさ」を生み出すことが難しかった。Apple Musicのタグライン「All in One Place」が示すように、音楽ファンが音楽を欲しい時に、どんな形からでも見つけられるように、広く選択肢を提供している。

 聴きたい曲は「ストリーミング」で、新しい曲は「ラジオ」で、好きなアーティストの曲やエクスクルーシブは「Connect」で聴く。このような形になるのではないか。これによって、触れる時間やチャネルが増えて、日常的に音楽を聴く機会が増える可能性が高まる。

 3つ目は、「キュレーション」。アップルは発表会でも取材でも、テイストメイカーがセレクトする「ヒューマン・キュレーション」を度々強調してきた。Apple Musicアプリでは個々の音楽ファン向けにキュレーションされたプレイリスト「For You」セクションが用意されているほど、こだわりを見せている。検索やその背後にあるアルゴリズムだけでは解決できない音楽との出会いをより人間らしくする必要があると、元Beats Music共同創業者で音楽プロデューサーのジミー・アイオヴィンは説明している。

 その象徴が、独自のライブラジオ局「Beats 1」。元BBC Radio 1の人気DJ、ゼイン・ロウ(Zane Lowe)を中心に、エブロ・ダーデン(Ebro Darden)、ジュリー・アデヌガ(Julie Adenuga) の3人がリードしていく。

 個人的にはゼイン・ロウとジュリー・アデヌガの選択が印象的だ。ゼイン・ロウは、Radio 1の伝説的ラジオDJ、ジョン・ピールが死去した後、彼の意思を引き継ぐかのように新しい音楽を発信し続けてきた、正真正銘のDJである。オリジナルコンテンツとしてこれ以上ない選択だと思う。

 日本では馴染みのない女性ラジオDJ、ジュリー・アデヌガ。彼女の経歴もユニークだ。アデヌガが在籍するのは、決してメジャーではないロンドンのラジオ局「Rinse FM」。Rinse FMとと聞いてハッとする音楽ファンは少なくないはず。グライムやダブステップ、UK Funkyなどアンダーグラウンドな選曲で知られる、コアなリスナーの多い人気のラジオだ。また、彼女の兄弟はグライムアーティストでレーベルBoy Better Knowのオーナーで有名なJMEとSkeptaである(最近ではカニエ・ウェストのロンドンでのライブにゲスト出演している)。さらに、彼女は数年前までアップルストアで働いていたという。(参考:https://www.instagram.com/p/3riJWPrbkr/

 Apple Musicの驚きは、音楽ストリーミングや、定額制ではない。それは、多種多様な音楽ファンが日常的に使えるようにあらゆる選択肢を提供して音楽に触れやすくしてくれることではないか。これを実現するためにアップルはBeatsの買収や、外部からの人材起用など、これまでにないほど自由な姿勢を見せている。

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