集中連載「新作『葡萄』を語る、桑田佳祐の言葉」第2回
サザン桑田佳祐は歌謡曲をどう吸収してきたか セルフライナーノーツ『葡萄白書』でルーツ明かす
3月31日にリリースされるサザンオールスターズの新アルバム『葡萄』の楽曲群を、完全生産限定盤に付属するオフィシャルブック『葡萄白書』掲載の桑田佳祐によるセルフライナーノーツを引用しつつ紹介する集中連載。第2回目の今回は、ドラマ『流星ワゴン』(TBS)の主題歌でもある「イヤな事だらけの世の中で」と、原由子がボーカルを務めるミディアムナンバー「ワイングラスに消えた恋」という、歌謡曲のエッセンスを感じさせる2曲を取り上げたい。
(第1回:サザン桑田佳祐が原由子への思いを歌った理由とは? 予約完売続出の新アルバム生産限定盤、セルフライナーノーツ『葡萄白書』から読み解く)
「イヤな事だらけの世の中で」
「月はおぼろ 花麗し」という擬古文調の歌い出しが印象的なこの曲。アルバム『葡萄』には昭和期の歌謡曲のエッセンスを感じさせる楽曲がいくつか含まれているが、この曲はその代表例といえる。ムード歌謡的なコーラス、“泣き”のギターリフ。とはいえ、音の仕上がりはカラッとしている。桑田はセルフライナーノーツで「松田弘の叩くドラムのリム・ショットやゲートリバーブなど、80年代のポリスやアート・オブ・ノイズを彷彿とさせるサウンドに和風だしを効かせたことで、摩訶不思議なナンバーになった」と綴っている。
サウンド面だけでなく、歌詞においても、歌謡曲的な手法が見受けられる。
「やはり、おそらくルーツは歌謡曲や演歌といった邦楽の引き出しなのだろう。俗に「背中を押してくれる曲」とか「そっと寄り添ってくれるような曲」といった、綺麗な物の言い方を耳にする。だが自分の年齢のせいか、大変悲しいことだが、昨今の若者向けポップス(表現が古い!)からは共感やリアリティを感じることが出来ない。正直に言ってしまえば、60近いおっさんである我が身の背中を押してくれるような言葉など、現代の「流行歌」にはほとんどない。ならば自分で書かなければならない。」
歌の舞台は京都。鴨川、祇園といったご当地描写を入れつつ、「イヤな事だらけの世の中で ひとり生きるのは辛いけど この町はずれの夕焼けが 濡れた頬を朱で真っ赤に染める」といったフレーズが続く。こうした歌詞を飄々と歌いあげるあたりは実に桑田佳祐らしい。
「“イヤな事だらけ”とは、もしかしたら好きな人がいるとか、人生の中に生きがいみたいなものを見出しているからこそ言える言葉なんじゃないだろうか。自分の歌を自分で分析してりゃ世話ないが、そんな女性の姿や心持ちが浮かんでくる。さらに分析すれば「もうほんとに世の中イヤな事ばっかりで」と言えるのは、愚痴や嘆きを言える相手がいるという意味で、僅かだが救いのある状態なのではないだろうか。
日本人の生活には長屋の時代から「ああ、やだやだ」なんて口癖のように愚痴を吐いて、夫婦間でも「この宿六」とか言い合いながら発散してきた風情があった。どんなに貧乏でも、ピンチでも笑顔や幸せを見出す機能を、かつての庶民は各々に持っていた気がする。そこに演歌や歌謡曲に流れていた日本人のDNAの源流を感じるのは、私だけではないはずだ。」
『葡萄』の特徴のひとつは、ロック、ブルース、フォーク、歌謡曲と、多彩な音楽的ルーツの掘り下げている点にある。そんな中で「イヤな事だらけの世の中で」は、Jポップから歌謡曲、演歌にまで遡りつつ、日本語ポップスの系譜をサザンらしいやり方でたどった一曲といえそうだ。