矢野顕子+TIN PAN『さとがえるコンサート』が見せた、フィジカルな生演奏の凄味
『さとがえるコンサート』では、矢野顕子とTIN PANのメンバーの自作曲のほか、関連アーティストの楽曲のカヴァー、50年代から60年代にかけてのカントリーの楽曲のカヴァーが収録されている。しかし、ここに1曲だけ収録されている矢野顕子作詞作曲による新曲「A Song for Us」こそが、『さとがえるコンサート』というライヴ盤を象徴している。4人のパートがそれぞれ明確な存在感を示しながら、ファンキーさを潜ませた演奏を展開していく。矢野顕子による奔放なピアノとヴォーカル、鈴木茂による、時に大胆で時に繊細なギター、細野晴臣による太く響くベース、林立夫によるニュアンスに富んだドラム。その演奏のジャズ的なスリルには興奮を覚えた。
『JAPANESE GIRL』収録曲である「大いなる椎の木」は、初めて矢野顕子とキャラメル・ママがレコーディングした楽曲のひとつだ。そして、キャラメル・ママ~ティン・パン・アレー~TIN PANの足跡を追うかのようにカヴァーされているのが、アグネス・チャンの「想い出の散歩道」と「ポケットいっぱいの秘密」だ。ともに1974年の楽曲で、キャラメル・ママ名義で編曲されている。「想い出の散歩道」は、矢野顕子の1995年のアルバム『Piano Nightly』でもカヴァーされていたが、『さとがえるコンサート』ではより繊細なヴォーカルで歌われている。「ポケットいっぱいの秘密」は、1977年のティン・パン・アレーのアルバム『TIN PAN ALLEY 2』でもカヴァーされていた。『さとがえるコンサート』では、観客にもクラップさせてパーティー・チューンとしての色彩を強めている。
はっぴいえんどの1973年のアルバム『HAPPY END』の収録曲「氷雨月のスケッチ」は、イントロを弾く鈴木茂のギターにしびれた。鈴木茂と矢野顕子の歌声が重なる瞬間もここにはある。細野晴臣の1973年のアルバム『HOSONO HOUSE』の収録曲「冬越え」は、細野晴臣と矢野顕子のデュエットとともに再演され、矢野顕子のピアノとヴォーカルが牽引していくかのように躍動感あふれる展開を聴かせる。細野晴臣の1975年のアルバム『トロピカル・ダンディ』の収録曲「絹街道」では、このメンバーによる裏打ちのリズムとトロピカル風味がエレガントですらある。
そして矢野顕子のピアノのみを伴奏にした楽曲も3曲。矢野顕子の2010年のアルバム『音楽堂』収録の「へびの泣く夜」、大瀧詠一の1972年のアルバム『大瀧詠一』収録曲の「水彩画の町」「乱れ髪」のメドレー、そして細野晴臣の『HOSONO HOUSE』の収録曲「終りの季節」だ。大瀧詠一のメドレーは、録音前年の2013年に死去した彼へ捧げたものだろう。「終りの季節」は、矢野顕子のピアノを伴奏に細野晴臣が歌う。この楽曲を原曲よりも先に矢野顕子の1986年のアルバム『オーエスオーエス』で知った私にとっては、しみいるような再演だった。
カントリーの楽曲のカヴァーは3曲。ハンク・スノウの1950年の「I'm Movin on」、スキーター・デイヴィスの1963年の「The End of the World」、グレン・キャンベルの1969年の「Wichita Lineman」。ハンク・スノウの「I'm Movin on」のカヴァーでは細野晴臣も歌い、ブルース色を強めたアレンジだ。
そして矢野顕子の楽曲の再演では、2012年のアルバム『荒野の呼び声』の収録曲「こんなところにいてはいけない」がアメリカ南部寄りのアレンジになり、スケールが大きく余裕も漂う演奏を聴かせる。『ごはんができたよ』の収録曲「ひとつだけ」は、鈴木茂のギターのカッティングと、細野晴臣と林立夫によるリズムセクションに支えられた、優しくも力強い演奏だ。そして、ここには原曲のようなテクノポップ色はまったくない。
『さとがえるコンサート』には、矢野顕子とTIN PANのメンバーの約40年に渡る歴史が詰めこまれているが、それは極めてフィジカルなものとして表現されている。テクノロジーの変化を踏まえた上でのこの身体性は極めて強固だ。それゆえに『さとがえるコンサート』は、時代性を越えて聴きうるものになっている。40年後に聴いても、きっと古さを感じさせないような新鮮なアルバムなのだ。
■宗像明将
1972年生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。近年は時流に押され、趣味の範囲にしておきたかったアイドルに関しての原稿執筆も多い。Twitter
■リリース情報
『さとがえるコンサート』
発売:3月18日(水)
完全生産限定盤
CD + Blu-ray(¥5,600+税/VIZL-803)
CD1第一部全曲/CD2 第二部&アンコール全曲収録
Blu-ray 全17曲収録+特典映像「矢野顕子+TIN PAN トークセッション」収録
3DISC入りデジパック仕様
通常盤
2CD(¥3,200+税/VICL-64318〜9)
CD1第一部全曲/CD2 第二部&アンコール全曲収録
(CD MIXエンジニア : 吉野金次/Blu-ray MIXエンジニア:飯尾芳史)
DISC1
1: 大いなる椎の木
2: Wichita Lineman
3: 思い出の散歩道
4: The End of the World
5: I’m Movin On
6: ソバカスのある少女
7: 冬越え
8: A Song For Us
DISC2
1: へびの泣く夜
2: 水彩画の街〜乱れ髪
3: 終りの季節
4: 氷雨月のスケッチ
5: こんなところにいてはいけない
6: ポケットいっぱいの秘密
7: 変わるし
8: 絹街道
9: ひとつだけ
※初回生産限定盤のみ、特典映像「矢野顕子+TIN PAN トークセッション」収録
■さとがえるコンサート2014特設サイト http://satogaeru2014.com
■オフィシャルWEB SITE http://www.akikoyano.com