Acid Black Cherryの音楽は感情をブーストさせる 最新作『L-エル-』に見るyasuの作家性とは?

 だが、驚くのはこれからだ。惹き込まれるように文字を目で追いながら、アルバム『L-エル-』を聴いていると、それまで抽象的な意味でしかなかった歌詞と音楽が、突如具体的な意味とコンテクストを露わにしてゆくのだ。たとえば、既発のシングル曲「君がいない、あの日から…」とは、いったい誰が誰のことを思って綴った唄だったのか。「黒猫 ~ Adult Black Cat ~」は、なぜホーンセクションを用いた華美なアレンジが施されていたのか。そして、〈インキュバス 壊してよ もうこんな世界さえ すべて壊してよ〉と悲痛な叫びを上げる「INCUBUS」には、誰のどれほど切実な思いが込められていたのか。などなど、映画のサウンドトラックさながら……むしろ、その逆だろう。これまで普通に聴いていた楽曲が、ひとつの壮大な物語の中に、まるでパズルのピースのようにピタリピタリとおさまってゆく快感。

 とはいえ、ここで誤解してもらいたくないのは、それは決して「音楽よりも物語が重要」ということではないということだ。yasuは小説家ではなく、やはり何よりもまず音楽家なのだから。音楽を突き詰めた先に湧き出る有形無形のイメージをとらえて、それをひとつの壮大な物語として編んでみせること。恐らく、彼にとって大事なのは、そんなふうに生身の感情を揺り動かし、イメージをダイナミックに飛び立たせてしまう“音楽の力”そのものなのだろう。それを多くの人たちに感じてもらうために、より明確かつわかりやすい形で書き込まれた物語。それを潜り抜けることによって、架空の人物たちの心情に寄り添うことによって、ABCの音楽は、さらに豊潤なイメージを聴く者の心にもたらせてゆくのだ。

 もっと言うならば、そうやって聴く者の心に描き出されたものこそが、yasuという人間にとって最も重要なものなのだろう。固定メンバーを持たない、言わばyasuのソロ・プロジェクトであるABCの音楽は、yasu自身が生み出す楽曲や歌詞のイメージから明確なアレンジの方向性を予め設定し、それに相応しいプレイヤーをその都度選びながら一曲ずつ丁寧に作り込んでゆくという、徹底したこだわりのもと生み出されている。にもかかわらず、本作からは不思議とその“エゴ”のようなものが、いっさい見受けられないのだ。むしろ、yasu自身がこだわればこだわるほど、彼の自意識ではなく“物語”そのものが浮かび上がって来るという不思議。

 そこが、yasuというアーティストの特異な点である。「自分のことをわかってもらうため」に音楽を鳴らしているのではなく、聴く者自身がその内側にある感情をブーストさせるために鳴らされる音楽。その意味で、彼の立ち振る舞いは、非常に徹底している。本作のリリースにあたっても、ブログにコメントを発表するだけで、インタビューなどの本人稼働はほぼなく――つまり、彼の側から、ある種の答えを提示したり、何かを結論づけることは極力しないのだ。むしろ、そこにかける労力を、あらかじめ作品自体に徹底的に投入してしまうこと。とはいえ、よくあるミュージシャンの定型文ように、作るだけ作って「あとは聴いた人の解釈で……」というわけでもないのだろう。

 現在、ABCのホームページの特設ページでは、この『L-エル-』という作品を聴いて感じた率直な思いが、ファンからメディア関係者まで、ズラリ一覧となって掲載されている。そこにあるのは“解釈”ではなく、あくまでも“思い”なのだ。繰り返しになるけれど、本作によって、聴く者自身がその内側にある“感情”をどれだけブーストさせたか、どれだけそのイメージをダイナミックに飛び立たせたかが、彼にとっては最も重要なのだ。真のクリエイティヴとは、単なる自己満足に終わることなく、それに触れた者すべてをクリエイティヴにさせてしまうようなものを指す。それがyasuというミュージシャンの特異性であり、そんな彼が過剰なまでの情熱と労力を注ぎ込んで形にし続けている場所――それが、Acid Black Cherryなのだ。

(文=麦倉正樹)

■リリース情報
『L-エル-』
発売:2月25日(水)

01. Round & Round
02. liar or LIAR ?
03. エストエム
04. 君がいない、あの日から…
05. L-エル-
06. Greed Greed Greed
07. 7 colors
08. ~Le Chat Noir~
09. 黒猫 ~Adult Black Cat~
10. versus G
11. 眠れぬ夜
12. INCUBUS
13. Loves
14. & you

4th ALBUM「L-エル-」Special Site

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