長澤知之が明かす、“歌”と向き合う切実な日々「音楽はメッセージがなくても崇高なもの」

エンジニア担当・佐藤洋介氏の証言

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レコーディング中の風景。左、長澤知之。右、佐藤洋介。

 『長澤知之Ⅲ』のレコーディングでエンジニアを担当したのは佐藤洋介氏。彼は初期作品から手がけてきた、長澤の音楽の良き理解者でもある。今回の作品では、楽器の響きを活かした立体的でメリハリのあるサウンドを聴くことができるが、これには佐藤氏の貢献も大きいであろう。佐藤氏自身も初挑戦だったというバイノーラル録音について、そして長澤知之の音楽的魅力について話を聞いた。(編集部)

――『長澤知之Ⅲ』はサウンドに立体感があり、ギター中心の演奏ながらも各楽器の音が気持よく響いています。佐藤さんが彼の音に向き合うときに特に考えていることは?

佐藤:デビュー作から一緒に仕事をしてきて、一番は本人が表現したいサウンドをいかに汲み取るか、ということを考えます。なので、レコーディング前に、お酒を飲みながらけっこう話をしますね。その場でYoutubeを観て、「今何聴いている?」とか、「これカッコいいよね」と。そこから理想の音を探って、ボーカルの立ち位置の音響やドラムの響き方を汲み取るようにしています。

――長澤さんからは、「佐藤さんから予想外の音が返ってくる」「挑戦がある」という話を伺いました。ご自身の中で違う球を投げ返そう、という意識はありますか。

佐藤:僕もアイデアだしは好きなので、「こういう風になったら面白いんじゃないか」ということは提案として最初に聴いてもらいます。頭の中では「たぶんこれはナシと言われるな」ということはだいたいわかるんですけど、あえて提案はしていますね。

――そこで長澤さんが「いい!」となることも?

佐藤:あります。もちろん逆もあってバッサリ切られることも(笑)。そういうやりとりは、最近のほうが多いですね。僕の方はあまり変わらないんですけど、長澤くんが「これはアリ、これはナシ」ということを言いやすくなってきたんではないかと思っています。最近は思っていることを明確に伝えてくれるので、こちらもその方向に舵を切りやすいんです。ただ、ふたりともコミュニケーションがうまい方ではないので、いつも「俺たち、なんでこんなに時間かかるんだろうね」と笑ってます(笑)。

――今作はバイノーラル録音の曲とノーマル録音の曲が入っています。それぞれどのような方針でレコーディングに臨みましたか。

佐藤:バイノーラルは人間の頭部模型の外耳口部分にマイクをセッティングして録音する方法で、ヘッドフォンで聴くと録音した環境と同じように聞こえます。ただ、僕もヘッドフォンミュージックは好きなんですけど、音楽としては2つのスピーカーから正当に聴こえてほしい、という感覚もあるんです。バイノーラルだとどうしても、ヘッドフォンにしか特化しない。最終的にはバイノーラルを2スピーカーで聴いた時にも自然に聴こえるように調整していく、ということになりました。

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頭部模型に向かって歌う長澤知之。

――バイノーラルではないレコーディングに関して、何か方針はありましたか?

佐藤:今作はハイレゾリューションでもリリースされるので、ひとつひとつの音の録り方にいつも以上に気を使い、極力ノイズを少なくしようと心がけたところはあります。音的に言うと、長澤くんの場合は普通、ビット数は24bitでサンプリングレートは48kで録るのですが、ハイレゾリューションというということで今回は24bit/96kで録りました。それもあるせいか、ダイナミックレンジ(最小と最大の音圧差)がだいぶ広がっているので、同じように録っても聴こえ方の幅がかなり広がっていると思います。CDに入れた時でもそれが影響している感覚はあったので、「これから96kで録ろうかな」と(笑)。

――ダイナミックレンジが広がったことで、「どの音域を強調するか」というポイントは変わりましたか?

佐藤:彼の場合、声は放っておいても出るので、いつも気を使うのはギターとドラムです。処理も含めてですが、ドラムは鳴った瞬間に、そのアーティストがどこにいるのか、外なのか、部屋ならどんな部屋なのか…という、場所を決めてしまう楽器なんです。例えばドラムが「ドォーン パァーン」と大きく響いてからボーカルがオン(近く)で入ってきたら、「広い空間で近くに寄ってきてくれた」という印象を与えます。だからレコーディングのときは、スタジオの鳴りも含めていろいろなところにマイクを立てます。そのへんは後で使えるように、ということで気を使います。

――「只今散歩道」などは、密着感のある音のように感じました。

佐藤:あれは散歩しているので外なのですが、外は意外と聴こえ方がデッド(反響がない)な感じなんです。そのなかで、ちょっと弾んでいるような、弾んでいないような…というリズム感を出す音響にしました。

――ベースの音が気持ちよく聴こえますね。レコーディングの魔法というものはあるのでしょうか?

佐藤:これは本当の話ですが、レコーディングでもプレイヤーの音の個性はすごく出るので、うまい人がやると誰が録ってもうまく録れるものなんですよ。ドラムが特にそうで、うまい人は音量が一定で、叩いているパーツのバランスが抜群にいいから、1本のマイクでもよく録れる。あまり上手でない人は、常に力いっぱい叩いて、ハイハットがシャーシャー鳴りすぎたりするんです。今回は素晴らしいミュージシャン揃いで、特に苦労はしませんでした。

――ボーカルに関して、バイノーラル録音だとかなり近く聴こえることもあって、全体的なバランスは佐藤さんの方で調整されたのでしょうか?

佐藤:バイノーラルの場合は、部屋全体で鳴っているものをそのまま拾います。だから実は、後から調整するのは難しいんです。逆に言えば、それを前提として録っているので、他の曲のイメージをそこに近づけよう、という作業はしませんでした。僕はもともと個々の楽曲で考えて、アルバムトータルの音像を揃えよう、とはあまり考えず、サウンドはバラエティがあっていいと考えるタイプです。アルバムトータルの流れは曲順などで考えることかな、と思っています。

――スタジオにダミーヘッドを置いて録るという場合に、何度も位置を調整していくという感じですか?

佐藤:そうですね。最初に数テイクやってもらいながら調整します。「宛のない手紙たち」は彼の部屋で録ったので、反射音を消すために布団を立てたりしました。今回はTEACのスタジオで無音状態の部屋でも実験を行いました。ばっちりと場所を決めるとすごく定位感が出るので、意外と楽でしたね。

長澤知之 / いつものとこで待ってるわ(Binaural Live Recording at 月見ル君想フ 2014.7.29)

――「いつものとこで待ってるわ」はライブでのバイノーラルレコーディングでしたが、それはいかがでしたか?

佐藤:ライブの場合は、「ここにしか(ダミーヘッドとマイクを)置けないよ」というものなので、調整のしようはありません(笑)。ライブが終わった後に録れた音を「なるほど」と聴きました。この曲だけは流れを考えて、他の曲と揃うように音像を調整しました。

――佐藤さんがバイノーラル録音に本格的に取り組むのは初めてでしたか?

佐藤:初めてですね。なかなか難しくて、コンセプト的にはその場で聴いている音を再現しようというものですが、人間の耳のように視線の先にあるものをフォーカスして聴こう、というシステムではないので、鳴っている音がそのまま録られてしまう。マイクの性能でも変わることは多いですし、聴かせ方も含めてまだまだ研究の余地がありそうです。

――興味深いお話です。人間は能動的に選んだ音にフォーカスしていくが、バイノーラルではある意味で強制的に鳴ったまま録音される…ということですね。逆に言うと、通常の音源ではリスナーの耳がフォーカスしようとする音を意識しますか。

佐藤:意識します。例えば一貫して鳴っている音があって、サビでもそれを鳴らしたいけれど歌とぶつかる、という場合があるとします。サビは一番音が重なって音圧が上がるセクションなので、どうしても誰かに一歩下がってもらわないと収まりがつかなくなる。そういうときは入り口だけ突き(音量を上げ)ます。そうすると「(その音が)入ってきた!」と感じ、その後は音量を下げてもずっと鳴っている感じがするんです。そういう耳のフォーカスにまつわる錯覚を利用して音の強弱を付ける方法はよく使います。

――さて、佐藤さんから見て、長澤さんのボーカルとギターの魅力はどんなところにありますか?

佐藤:彼のギターは独特で、ロックでありながら、センシティビティのある柔らかい音も出すんです。何か人に感じさせるようなツボを持っているから、「かっこいいな」と思っちゃいます。僕が口を出すのは、ギターの音作りについてですね。アンプ選びにも口を出しますし、エフェクターも、このアルバムで使っているのはたいがい僕が貸したものだと思います(笑)。デビュー当時からずっと貸していて、ライブでも使っているものがあるんですけど、この間、誕生日だったからプレゼントしました。彼には思い通りのフレーズを弾いてもらえればそれで十分で、それで説得できるギターが録れます。

 また、声も大きな武器ですね。初期に比べると最近、特に下の太い部分が出るようになったので、洗練されて、大きく捉えられる音になっていると思います。彼は若い頃は「自分の声が好きじゃない」と言っていました。今も攻撃的な部分がなくなったわけじゃないんですが、それを曲によって使い分けることができるようになった気がします。実際、好きな声ですね。切なさを伝える何かを持っている声だし、倍音をたくさん持っていてサラサラしているので、小さくつぶやいても聞こえやすい、人に届くところが魅力だと思います。

(取材・文=編集部)

■佐藤洋介
岡本定義との宅録ユニット、COILとして1998年「天才ヴァガボンド」デビュー。エンジニアとしてサウンド面の中核を担い、COILのみならず外部アーティストからもそのサウンドメインキングのクオリティは高く評価されてきた。2014年4月にCOILを脱退。脱退後は幅広い視点からサウンドプロデュースができるエンジニアとして、活動の場を広げている。
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『長澤知之Ⅲ』

■リリース情報
『長澤知之Ⅲ』
発売中
価格:2300円(税込)
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