『長澤知之Ⅲ』本人インタビュー+エンジニア佐藤氏証言
長澤知之が明かす、“歌”と向き合う切実な日々「音楽はメッセージがなくても崇高なもの」
「こう見えて、世の中に適応したくないわけじゃない(笑)」
――『長澤知之Ⅲ』の2曲目「享楽列車」の舞台はラッシュアワーの新宿駅ですが、ちなみに長澤くん、満員電車は平気なんですか?
長澤:好きじゃないけど、乗らなきゃいけない時は乗りますよ(笑)。この歌は、夕方の新宿駅で行き交う人たちを見ながら、そこでいろいろ妄想していって生まれた曲で。もちろん、その中には自分のことも投影されてますけど。
――自分はマジで満員電車ムリですからね。僕より全然マシじゃないですか。
長澤:いや、こう見えて、世の中に適応したくないわけじゃないんですよ(笑)。適応したいし、ものすごく適応できている友達とかを見ていて憧れることもある。ただ、世の中にどうしても嫌だなって思うことはあって、その気持ちをどこかに吐き出さなくちゃいけない。それが自分にとって音楽になったり、詞になったりしていくというのはありますね。もちろん、それがすべてじゃないですけど。ただ、たとえば宇野さんが今言ったみたいに「俺、ムリだわ」って思ってるようなことがあったとして、そこで自分の音楽が何かの助けになるというか、共感してもらえて気持ちがちょっとでも楽になるようなことがあれば、それが自分にとっての救いなんですよね。そういう時に「俺、生きててもいいんだな」って思える。もし自分の音楽、というか、自分に価値があるとしたら、それだけかもしれない。自分にとって音楽をやるというのは生命線みたいなものだし、それが誰かにとっても生命線のようなものになることができたら、それが一番嬉しいし、続けていきたいなって思えるんですよ。
――「適応できねえ!」って開き直ってるんじゃなくて、「適応したい」と心から思っているというのは、すごく音楽から伝わってくるし、そこに長澤くんの音楽の誠実さがあるのかもしれないですね。
長澤:僕、人が好きなんですよ。たまに「みんな死ね!」って思うこともありますけど、「みんな死ね!」って思うのも、人が好きであることの裏返しだから。僕の歌が時々辛辣なものになるのも、小学校の頃に好きな子の上履きに悪戯をするみたいな、こっちを見てほしいからだけなんですよ。シカトされるくらいだったら、悪態をついていたいというか。それがきっかけで愛が生まれることもあるって信じてる(笑)。
――今回の『長澤知之Ⅲ』は、そういう意味でも長澤くんのある種の原点回帰と言えるような作品で。素のメッセージが響いてくるんですよね。1曲目の「只今散歩道」も、散歩という長澤くんの曲が生まれるシチュエーションの原風景に立ち返ったような曲で。
長澤:「気楽にやろうぜ」っていうのが、この曲のテーマですね。
――今日の話を聞いた後だと、その「気楽にやろうぜ」ってすごく切実なメッセージとして響きますね。
長澤:まぁ、メッセージというか、単純に自分にとって気楽なものを追い求めているだけなんですよ。僕は音楽にメッセージが必要だとは思ってなくて、音楽って、音楽そのもので崇高なものだし、高尚なものだと思うんですね。だから、つい自分が歌にメッセージを詰め込みそうになる時は、「あ、なんだかな」って思ったりするんです。音楽はそれだけで素敵なんだから、それでいいじゃないかって。自分のスタンスとしては「只今散歩道にいます」って、そのくらいでいいんじゃないかって。
――でもね、「気楽にやろうぜ」って、本当に気楽な人が歌ってても聴き手に何も響かないけど、長澤くんみたいに放っておくと気楽じゃない人が歌うから、それが響くんだと思いますよ。
長澤:「放っておくと気楽じゃない」っていうのは本当にその通りですね(笑)。まぁ、基本的に感情的な人間なんで、そういう意味では「気楽にやろうぜ」って自分に言い聞かせているのかもしれないし、気楽じゃない、音楽はそれだけで素晴らしいものなのにそこにメッセージを込めたがる人に対してアンチを表明しているのかもしれない。そうやって掘り下げられると、「結局はお前もメッセージを込めてるんじゃないか」って思われそうで嫌ですけど(笑)。
――今回の『長澤知之Ⅲ』には、「犬の瞳」や「宛のない手紙たち」や「いつものとこで待ってるわ」といった、10年近く前に書いた曲も収録されています。それが現在の曲と並んでもまったく違和感がないというところが、長澤くんの音楽のすごいところだと思うんですよ。
長澤:もちろん昔書いた曲の中には、あまりにも表現が稚拙で、今はもう歌いたいと思わない曲もあります。ただ、こうして今も歌いたいと思う曲がたくさんあるということは幸せなことだと思っています。自分が曲を書く時にいつも考えるのは、この先何年経ってもずっと歌っていたい曲を書きたいということなんです。それは、もちろんメロディもそうなんですけど、その時に「これが絶対だ!」って思って書いた曲よりも、その時に「これが疑問だ」って思って書いた曲の方が、僕にとって歌い続けたい曲になり得るんですね。
――それは、時代の風化に耐えられるエバーグリーンな曲を書きたいという、ソングライターにとっての命題のようなものですか?
長澤:いや、そうじゃなくて、単純に自分が歌いやすいかどうかということ。あとで振り返って、恥ずかしくなるような曲は書きたくない。だから、何かを言い切るような曲を書く人はバカだと思いますね。
――(笑)。
長澤 最後にちょっと悪態ついちゃいましたね、失礼しました(笑)。
(取材・文=宇野維正/写真=杉田真)