石井恵梨子が「音楽界のコトバ」を考察 第7回:椎名林檎『日出処』
椎名林檎の歌詞はなぜJ−POP界で異彩? “歌不要論者”だからこそ書けるコトバとは
〈あなたの命を聴き取るため、代わりに失ったわたしのあの素晴らしき世界。GOODBYE〉
出産前の生活に戻ることはない。戻りたくても戻れない。かつてどこで何をしていたかは関係なく〈わたしは今やただの女。〉なのだ。おそらく母になった女性すべてが感じるであろう事実を切り取った曲に、「ありきたりな女」というタイトルを冠するのも目から鱗のセンス。ドラマ主題歌として書き下ろされた「カーネーション」もそうだが、母親として生きていく女性の人生を描かせたとき、今の椎名林檎ほど面白い作家はいないのではないかとすら考えてしまった。
そして、当たり前だが椎名林檎は作家ではなく音楽家。鮮やかなポップネスとスピード感で全曲走り抜ける『日出処』を、読み物として扱うのはトンチンカンな話だが、かといって「何を言っているかよく聞き取れないんだなー」で済ませてしまうのはあまりにもったいない話。音楽をiPodに入れて携帯するように、この歌詞カードを鞄に入れてふと電車内で読んでみる。そんな楽しみ方が十分にできそうな作品である。
■石井恵梨子
1977年石川県生まれ。投稿をきっかけに、97年より音楽雑誌に執筆活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味。現在「音楽と人」「SPA!」などに寄稿。