山下達郎の冒険作『BIG WAVE』を改めて聴く 趣味性に満ちながら大ヒットした理由とは

 しかし、そんな一見マイナスに感じられるポイントを見事にクリアして、『BIG WAVE』は彼のディスコグラフィのなかで燦然と輝いているのです。なんといっても、ここまで夏のイメージを全開にしたアルバムは他にありません。アルバムを通して聴いた後の爽快感は、1975年にシュガー・ベイブの一員としてデビューして以来、生み出したどんな名盤と比べても突出しています。シングル・カットされた冒頭の「THE THEME FROM BIG WAVE」を筆頭に、ミディアム・バラードの「ONLY WITH YOU」、ファンキーかつ流麗なメロディの「MAGIC WAYS」などに込められたサマー・フィーリングは、まさに「夏だ、海だ、タツローだ!」(当時のキャッチフレーズ)そのまんま。

 そして、全編英語詞でまとめることによって、あえて“洋楽的”な印象を作り上げ、お茶の間ポップス歌手とは違う山下達郎ブランドの構築に役立っているのです。ビーチ・ボーイズのカヴァーにしても、オリジナルに敬意を払い忠実でありながらも彼独自の解釈が加えられているので、ルーツを感じさせると同時に、オールディーズに新しい感覚を与えられる稀有なセンスをアピール。結果的に、一見道を外しているように思わせながら、「山下達郎は、何やっても山下達郎なのだ」という意思表示をしているのです。そのことは、サントリーのCMソングとして依頼された「I LOVE YOU」のエピソードに象徴されます。“I LOVE YOU”というフレーズのみで作るようにとの注文に悩んだようですが、とても制約があったとは思えないオリジナリティとクオリティを感じさせてくれるのです。

 本作は彼の趣味性に満ちたアルバムであることには違いありません。しかし、裏を返せば、個性を押し出しながらも、しっかりと結果を出した自信作でもあるわけです。実際、本作は当時オリコンチャートで2位を記録していますし、なにより今なおまったく色褪せない作品であることが本作の成功を物語っています。折しも、30周年のアニバーサリー・エディションも発売され、再評価されている『BIG WAVE』。気軽に夏のBGMとして楽しみながらも、山下達郎の底力をひしひしと感じていただきたいものです。

■栗本 斉
旅&音楽ライターとして活躍するかたわら、選曲家やDJ、ビルボードライブのブッキング・プランナーとしても活躍。著書に『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著に『Light Mellow 和モノ Special -more 160 item-』(ラトルズ)がある。

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