柴那典「フェス文化論」第7回
ロック、アイドルからプロレスまで カオスで劇的なフェス『夏の魔物』レポート
そして、いよいよ佳境を迎えたステージには、ダブルヘッドライナーの、でんぱ組.incがバンドセットで登場。ギター、ベース、ドラムからなる「でんでんバンド」を従え、白い衣装に身を包んだ5人が登場(最上もがは体調不良のため欠場)。「ちゅるりちゅるりら」「でんぱれーどJAPAN」などなど鉄板の代表曲を繰り広げ、色とりどりのサイリウムがステージを盛り立てる。バンドセットでのライヴは、チョッパーベースが楽曲をファンキーに引き立て、今までにないグルーヴを生んでいた。MCでは、3年連続の出演で、朝方、昼、そして夜の出演になったことをアピール。「キラキラチューン」の途中では夢眠ねむと古川未鈴がリング上で戦う演出も。熱いファンに囲まれラスト「Future Diver」まで全力で駆け抜けた5人は、奔放な勢いを証明するステージだった。
続いてプロレス側のメインイベントは、DPGのメンバーである福田洋&アントーニオ本多vs葛西純&沼澤邪鬼のタッグマッチだ。流血し惨敗した福田組が再戦を誓い、そしてこの日の最後にステージに登場したのはBRAHMANだ。
「ステージだろうがリングだろうが1時間押して人がどんどん帰ろうが、今踏みしめている場所が俺たちのステージ、ここが俺たちの死に場所。短い夏の一晩、人生の全力を賭けてBRAHMAN、始めます!」
ステージから花道を伝ってリングに立ったTOSHI-LOWはこう告げてライヴをスタートさせる。「賽の河原」「露命」など新作アルバムからの楽曲に「arrival time」や「BED SPACE REQUIEM」など過去の曲も立て続けに披露し、モッシュやダイヴの渦が巻き起こる。途中ではダイノジ大地が泥酔して乱入しリング上でエアギターを披露するハプニングも。1時間近く興奮がずっと続くような熱演に、オーディエンスの上には湯気が広がるほどだった。
TOSHI-LOWのMCも印象的だった。「何かを始めようとすると、『やっていけるわけねえ』ってほとんどの奴が潰そうとする。でも自分の好きなもの、夢中になるものを見つけた奴は圧倒的に人生が有利になる。続けることが未来に繋がる」と、語る。フェスを主催してきた成田大致へのメッセージだろう。
「あのな、バンドが無理ならプロレスでって呼ぶのやめろ。まあ、出てやってもいいんだぜ? 秒殺だよ」と笑いながら語ったTOSHI-LOW。時間が押したことでライヴを観れずに帰った客がいたことにも触れ「いいか、これが俺らを観るのが最後の奴もいるんだよ。だからちゃんとやれ。一人でやれ。失敗して何もなくなったらまた来てやっから」と、熱い言葉を贈っていた。
結局、終演は23時過ぎ。こうして、フェスティバルは幕を閉じた。
ロックとアイドルとプロレスとヒップホップ、さらにはトークやエロまでごった煮のエネルギーに満ちていた「夏の魔物」。ただ、実際に行ってみて感じたのは、単なるカオスなだけの場所ではなかった、ということ。そこにあったのは、ジャンルやスタイルに関係なく、いわば「生き様」をエンターテイメントにするタイプの人間が輝く場所だった。THA BLUE HERBから大森靖子の流れ、でんぱ組.incとBRAHMANのダブルヘッドライナーが象徴的。トラブルもあったが、事件性やサプライズよりも、生々しい迫力を放つパフォーマンスの数々が胸に刺さる一日だった。
主催者の成田大致は、10回目を迎える来年の開催について「これからどうなるか全く未定ですが、どんな形であれ絶対続けていきたい」とツイッター上で語っていた。一人の人間の破天荒な思いつきとそれを形にする熱意が、周囲に迷惑をかけながらも、さまざまな劇的な瞬間を生んできた。その積み重ねによる人間ドラマが、「夏の魔物」の独自の興奮を生んでいる理由と言えるだろう。
■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」/Twitter