2ndアルバム『ナマで踊ろう』インタビュー(後編)
「もっと恐ろしいものを表現したい」坂本慎太郎が追い求める“一線を越えた”音楽とは?
「自分が聞きたいレコードを作りたいってことだけ」
ーー作品だけあって自分は消えたいっていうのは、自分をアピールするために作品を作ってるんじゃないってことですよね。自分の存在証明のためとか、そういう意識ではない。
坂本:うーん…まあそれもねえ…掘り下げていくとどんどん矛盾が生じてくるんですけど(笑)。作品を出して、もちろんそれは評価されたいんですけど…当然ですが、いわゆるロックスターとか芸能人になりたいとか、そういうのはないってことですかね。
ーーゆらゆらをやめてからの坂本さんは、なるべく自分の存在も音楽も透明なものにしたいというような意志があるように感じるんですが、透明だからこそ伝わってくる強烈な個性や念の強さのようなものが…今作はすごくわかりやすく出てますね。そういうある種の矛盾というか葛藤が坂本慎太郎なのではないかと。
坂本:ああ、それは狙ってやってる部分と、無意識にやってる部分があると思うんです。僕の音楽を作る原動力って、完全に自分が聞きたいレコードを作りたいってことだけで。そうした時に、自分が好きな(ほかの人の)レコードと並べて聞けて、同等かできればそれ以上のものを作りたいと、それだけを考えてやってるんですね。そうすると、たいがいはもう死んだ人の音楽だったりして(笑)。そういうのも関係してるのかなって思うんですけど。
ーーほとんど表に出なくなっちゃったじゃないですか。ライヴもやらない、メディアにも滅多に出てこない。となると純粋に作品だけの評価になるわけですが、それはご自分の望むところなわけですか。
坂本:ええと、今の時点ではそうですね。あと、とくに今回のアルバムの曲はライヴをやらないから作れるようなところもあるんですよね。ていうのは、すごいストレートな歌詞だけど、自分が発してるんじゃない、どこか違う所から来ているように響かせる、ということが狙いなんですね。それは出来てる気がするんですけど、ライヴで自分の口で目の前で歌っちゃうと、どう考えても僕のメッセージになるし。そうするとこのアルバムでやりたかった一番重要な部分が台無しになっちゃう。ものすごい恐ろしい世界を作ったんだけど、最後に種明かしするみたいになりそうで。緞帳が開いて、キャストが全員出てきて、挨拶するみたいな。聞く人に安心感を与えることになりそうな気がするんですよね。なんかね、得体のしれない感じを出せたと思ってるんですよ今回。ちょっと気持ち悪いっていうか不安になるというか。
ーーありますね、すごく。
坂本:それはすごくうまく出来たと思うんで、これをライヴでやっちゃうと、みんな安心しちゃいますよね。
ーーひとつの普通の歌として受け入れるでしょうね。
坂本:ええ。だったら、作った人がいるのかどうかも怪しい、っていうほうが、音楽の価値はあがるんじゃないか、とは思いますけどねえ。
ーーすごく仰りたいことはわかりますが、でもそれでも、ここから坂本慎太郎というアーティストの個性や存在が透けて見えるのが面白いところですね。
坂本:うん…うん。そうかもしれないですね。
ーーこういう作品を作っていて、昔のゆらゆら帝国のころのように、爆音でギターをかき鳴らしたいとか、そういうロック的な愉悦みたいなものに対する思いみたいなものは、残ってないわけですか。
坂本:ああ、爆音でギターというのはまったくないですね。
ーーあ、まったくない?
坂本:ええ。全然ないです。今回レコーディングのために久しぶりにスタジオに入って、3人で演奏してたら、演奏したり歌ったりするのは楽しいんですよ。でもいざライヴをやるとなったら、その場が自分が思ってるものと違うものになるのは目に見えてるので、その途端にやる気がなくなるっていう。たとえば誰も知らない世界で3人で演奏して、みんなが踊ったり酒飲んだりしてたら、それは素晴らしいと思いますけどね。
ーーある種の記名性が邪魔になる。
坂本:それはありますねえ。ちょっと自意識過剰かもしれないですけど(笑)。
ーーライヴではレコードとは違う期待をするでしょうからね。お客さんも。
坂本:たぶんライヴで、「期待されて期待に応える」みたいな過程の中に、自分が音楽に求めている要素が、もう、ないんだと思うんですよね。