『Free Soul』シリーズ20周年 主宰者インタビュー(後編)
橋本徹が語る『Free Soul』の現在地、そして2010年代のアーバン・メロウ
コンピレーション界の金字塔と言える『Free Soul』シリーズの20周年にあたり、主宰者である橋本徹氏に改めて歴史を振り返ってもらうインタビュー。『Free Soul』という言葉の定義や、同シリーズの選曲スタンスなどについて話を訊いた前編に続き、後編では、このたびリリースされた『Free Soul』シリーズのベスト・オブ・ベストとも言える『Ultimate Free Soul Collection』、シリーズを象徴するアーティストのひとりであるテリー・キャリアーのベスト盤『Free Soul. the classic of Terry Callier』、そして2010年代版『Free Soul』の『Free Soul~2010s Urban-Mellow Supreme』という3作を通して、2010年代における『Free Soul』シリーズの意義を語ってもらった。(編集部)
――20周年を記念してリリースされた3タイトルについて聞かせてください。まず『Ultimate Free Soul Collection』ですが、これは過去の『Free Soul』シリーズに収録された楽曲を中心に選曲されている、“コンピからのコンピ”という面白いケースですよね?
橋本:基本的には人気曲を集めるというコンセプトなので、これまでシリーズに収めたキラー・チューン中心の選曲ですが、実は今まで権利の関係で収録できず、今回初めて収録できた曲もあります。『Ultimate Free Soul Collection』は今まで現場でかけ続けて、大きな支持を集めてきた曲ばかりで、それこそリスナーの方からの人気投票で収録曲を決めるというアイディアもあったくらいなんです。
リリース後、渋谷のタワーレコードに足を運んだんですが、試聴機に入っているCDは、コメントに推し曲が何曲か書かれていたりしますよね。『Ultimate Free Soul Collection』は、それが“全曲”になっていてありがたい限りでした(笑)。そもそもそういったベスト・オブ・ベストというコンセプトなので、それがしっかりCDショップのバイヤーさんにも伝わっていてうれしかったですね。
――次に『Free Soul~2010s Urban-Mellow Supreme』ですが、これは基本的にどんな軸でコンパイルされましたか?
橋本:『Free Soul』リスナーに勧めたい現在進行形の音楽をチョイスしていった形ですね。タイトルにもあるように、2010年代はメインストリーム・ヒットも含め、アーバン・メロウな時代の空気感を持った名作がたくさんあるので、そういった楽曲もフリー・ソウルを好きな層のリスナーにも聴いてもらいたい気持ちがあったんです。20周年の節目を迎えた今、やるならこのタイミングかな、と。
――ひとつ気になったことがあったんですが、以前の『Free Soul 90s』シリーズには多くのヒップホップ・ミュージックが収録されていましたが、今回は1曲も入っていなかったことが印象的でした。
橋本:抽出したテイストが“アーバン・メロウ”というのがとても大きいです。加えて、90年代というのはサンプリング・ヒップホップの黄金期だったわけじゃないですか。ア・トライブ・コールド・クエストにしてもピート・ロックにしても、70年代のソウルやジャズをサンプリングしている作品が多かったので、『Free Soul』いうものが、古い音楽の重箱の隅をつついているものではなく、今の良い音楽に綿々と受け継がれているということを示すときに、すごく伝わりやすいと思ったんです。カバーやサンプリングを通して、70年代音楽と90年代音楽の親和性の高さを示す、という狙いもありましたので。
UKソウルにも同じことが言えるのですが、グラウンド・ビートやアシッド・ジャズも、スタイルそのものやムーヴメントの熱が伝わりやすい音楽だったと思うんです。今回に関しては2000年代に『Mellow Beats』シリーズである程度、満足のいく形にしていたというのもひとつの要因となっていますが、僕が漠然と感じている時代の空気感からすると、ヒップホップよりもアンビエントR&BやNYジャズ、LAビートやポスト・ダブステップの歌もののほうがアーバン感をアピールできると思いました。
例えば、ライやジ・インターネットとフランク・オーシャンは隣接している雰囲気があります。ジェイムス・ブレイクもそうですね。そういった見解から、ヒップホップ作品はなくても、オッド・フューチャーが入っていればいいかな、みたいな感覚だったんです。
――今“アーバン”という言葉が出ましたが、『Free Soul』は“アーバン”に近い要素も多いと思います。逆に“サバービア”という言葉はアーバンの対義語ではないにせよ、“都市と郊外”という、わりと大きな違いがある言葉です。この2つが混在する世界観は非常にユニークだと思うのですが、どちらにも共通するロケーション的なものを意識してコンパイルすることはありますか?
橋本:最初にサバービアと名づけたとき、僕としては少しオルタナティブな意識があったんです。いわゆるアメリカ人がサバービアという言葉から連想するようなデビッド・リンチ的な荒廃感ではなく、東京では、僕が生まれ育ったような山手線の少し外くらいの意味合いで使えたら面白いかな、というのがあったんですね。
それと、『Suburbia Suite』を始めた頃の国内の音楽業界はバンドブームだったり、ユーロビートが主流だったんですよ。それがメインストリームだったとしたら、自分たちはもっとサブなイメージなんじゃないかな、って。その少し後にU.F.O.(United Future Organization)が『Loud Minority』をリリースするんですが、“マイノリティ”という言葉以外で表現したかった、というのもあります。別に僕たちはメインストリームじゃないけど、マイノリティでもない――そんなニュアンスを出すために用いた言葉ですね。なので、サバービアと名乗りはしているものの、やっていることは結構アーバンでしたね。