柴那典×さやわか 『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』刊行記念対談(前編)
初音ミクはいかにして真の文化となったか? 柴那典+さやわかが徹底討論
「初音ミクがキャラクターソング的なものからその後どう発展したか」(さやわか)
柴:僕はロッキング・オンという出版社の出身なんですが、いわゆる「ロキノン系」とされる音楽が好まれてきた背景にも、そういう自意識がある。そういうものにコミットする人間はいつも一定層います。「俺が聴いてるものは世の中で流行ってる音楽とは違うんだ」的な、中二的な感性を持ったリスナーの受け皿となりうる音楽が、2000年代後半からは実はボカロだったんじゃないか、というところもこの本の着想の一つになっています。
さやわか:その推測は当たっていたということになりますね?
柴:実際にいろいろと調べて、ハマっているのが10代であるっていう事実は、僕にとって嬉しい発見でした。かつて洋楽やロキノン系のバンドを聴いていた少年少女の自意識と、今ボーカロイドを聴いている少年少女の自意識とを、重ねあわせることができる。そういう仮説がこの本の根底にある。なので、この本は30代、40代の洋楽リスナー、ロックファンにも読んでほしいと思います。
さやわか:新房さんも、もちろん10代の、メインのファン層であるカゲロウプロジェクトのリスナーに今回のアニメを観てもらいたいんだけど、この感覚ってロキノン系を聴いていた30代にもわかるはずだから、そういうものが好きだった大人もその文脈で観てくれたらいいなと仰っていました。
柴:ボカロにハマる10代の心理や自意識のあり方って、思春期の世界の感じ方として正しいと思うし、僕はそれを肯定したいんですよね。繊細な10代の受け皿になってくれた、ということは書きたかったことのひとつでもあります。その子が大人になったときに「自分が好きだった初音ミクってなんだったんだろう?」と思ったときに読んでくれるとすごく嬉しいというか。あとで振り返って、自分の思春期を肯定するようなものでもあってほしい。
さやわか:そうそう、ボカロについてよくわからなくても、そのメンタリティは40代の洋楽リスナーだって楽しめるはずなんですよね。
柴:そうなんです。一方で、年配の方に読んでもらいたい気持ちはすごくありました。ちなみに、当初の書名は『初音ミク音楽史〜サード・サマー・オブ・ラブの時代』だったんです。ただ、出版元の太田出版の社長から「“音楽史”と銘打ってしまうと音楽に興味がある人にしか届かない」と言われて。そこで改めて僕から提案した書名が『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』だった。そこにはポジティブな意味合いもあって、要はこの本を「ビジネス書として売りたい」ということだったんです。そういう読み方もできる本になっているというのは、僕も後から気付いたことでした。「2007年にクリエィティブであることのルールが変わった」ということを、実例を元に書いている、という。クリエイティブビジネスの参考書にもなっているといいなと思います。
さやわか:なるほど。この本はシーンの変遷をきちんと追っていますね。もしこれがキャラとしての初音ミクの話だったら、たぶん批評的な更新ができているとは言えなかったでしょうね。しかし、この本は初音ミクがキャラクターソング的なものからその後どう発展したか、という話がちゃんと書かれています。
柴:初期のN次創作的なムーブメントと、「千本桜」「カゲロウデイズ」のように2010年代に入ってニコ動の代表曲になっているようなタイプの曲って、もはや環境が変わっているので、作られ方も受け入れられ方も違うんですよね。また、シーンの変遷という意味で言えば、いわゆる音楽シーンとの距離感の変化も大きいと思います。そこには自分自身の音楽メディアに属する者としての反省もあって。音楽業界の人間は、00年代を通してずっと「CDが売れない、どうしよう?」ということばっかり言っていたんです。「もう音楽産業は終わりだ」と頭を抱えたり「これからはライブの時代だ」と言ってみたりしていて。結局はCDが売れなくなっていることが全ての議論の出発点にありました。僕自身もそういうことばかり考えて、そういうことばかり書いてきたんだけれど、実は2007年にこんなに素晴らしい幕開けがあった、という。