いまアイドルをどう語るべきか 必読の書『アイドル楽曲ディスクガイド』執筆者座談会

 アイドルという概念が成立した1971年から、アイドル戦国時代といわれる2010年代までの楽曲950タイトルを徹底レビューした書籍『アイドル楽曲ディスクガイド』が2月27日、アスペクトより刊行された。アイドル楽曲をこよなく愛する執筆陣によって書かれた渾身のレビューの数々を、系譜的に網羅することによってある種の批評性を帯びた本書は、すでに多くのアイドルファン・音楽ファンの間で大きな話題となっている。そこで今回、リアルサウンドでは編者のピロスエ氏、レビュアーの栗原裕一郎氏、さやわか氏、岡島紳士氏を招いて座談会を開催。同書編集の意図から、アイドルシーンの現状まで存分に語り合った。

ピロスエ「1971年から現在まで、すべて掘り下げました」

——まずは今回『アイドル楽曲ディスクガイド』を作ろうと思ったきっかけを教えてください。
 
ピロスエ:近年、ヲタ的な属性を持ちつつ、それを仕事と関連づけてめざましい成果を挙げているという方々が増えてきています。代表的なのはタワレコの嶺脇社長ですね。そのようにファンと職業の境が揺らいでいる中で、自分も何か面白いことがやりたいと考えて、この本を企画しました。企画自体は2012年の春くらいには立てていましたが、夏頃にアイドル専門のディスクガイド本『アイドルソング・クロニクル』が出ました。しかしこの本は2002〜2012年をカバーしている本だったので、こちらのコンセプトとは少し違います。2010年あたりからアイドル戦国時代と言われていますので、そのあたりから取り上げていくのがセオリーだとは思いますが、それでは当たり前すぎて面白くないと思いました。2000年代以前にも、アイドルカルチャーがずっとあったことを、若い人たちは知識として知っていても実感としては忘れがちです。そこで、さらに遡った歴史に目を向けるきっかけになればいいなと思って、この本では女性アイドルという概念が成立したとされる1971年から現在まで、すべて掘り下げました。71年から今までずっと現役でアイドルファンをやっている人って、いるかもしれないけれどごく少数ですよね?
 
栗原:中森明夫さんくらいですかね(笑)、メディアに出る人では。90年代にやはり断絶があって、80年代、90年代の歌謡曲やJポップ、アイドル評論で前線を張っていた人で、現在のアイドルシーンでも存在感のある人ってすごく少ない。ファンのほうも、リアルタイムのアイドルヲタは過去にあまり目が向かないものだし、往年のアイドルマニアも昔の思い出に浸りがち。それはまあ、しょうがないことですよね。
 
ピロスエ:たいていの人はどこかにピークがあって、そのテンションはずっとは続かないと思います。どこかで夢中になった時期がある人なら誰が読んでも面白い、という本にしたかったので、このような全年代対応型のアイドルディスクガイドになりました。
 
——では、レビュアーの方を集めるにあたっても、その時期に精通する方を選ぶ、という形でしたか。
 
ピロスエ:そうですね。レビューを書くにあたって、そのアイドルに愛情を持っている人が書く方が絶対に面白いですよね。なるべくその時代、そのアイドルが好きな方に書いていただきました。たとえば70〜80年代は、その時代のアイドルシーンに詳しい馬飼野元宏さんという方に書いていただきました。
 
栗原:馬飼野さん、いっぱい書いてますよね(笑)。最近は、70〜80年代のアイドルというと馬飼野さんに依頼が集中している印象があるんですけど、本当なら『よい子の歌謡曲』の人たちがもう少し出てきてもいいんじゃないかな、とは思います。80年代の歌謡曲~アイドルのミニコミでは、『よい子の歌謡曲』と『季刊リメンバー』が双璧で、対立というんではないんだけど、指向がずいぶん違っていた。『季刊リメンバー』が研究的というか実証性重視だったのに対して、『よい子の歌謡曲』はどちらかと言うと主観的に「アイドルを面白く語る」という方向でした。
 
ピロスエ:レビュー執筆をお願いするにあたって、具体的なことを客観的に書いていくという方向性と、文章として面白く書く、という2つの方向性の、どちらが正解なのかというとけっこう難しい問題です。どちらにも正解はあると思うのですが、あまりに客観性がないのは自分の好みではなかったので。
 
栗原:アイドルは調べ倒されている人が多いので、ネットで検索すれば、情報は大方出てきてしまうことが少なくない。そういう意味では、もちろん人によりますけど、情報の煮詰まった過去のアイドルについてはそれほどデータを載せなくてもいい、というケースもあるかもしれない。特に短いレビューなんかの場合、データの優先順位が絞られるので、Wikipediaの要約のようになってしまうときがあって、これが書き手としてはけっこうつらいんですよね。読者からも「ウィキのコピペじゃねーか」とか言われるし(笑)。なので、昔のものに関しては、あえて主観を前面に出すようにしたものもあります。バランスが難しいところですけど。
 
岡島:僕と岡田康宏さんで書いた『グループアイドル進化論』でもそうでしたが、よくこういうデータ性の強い本に対して「ただのネットのまとめ」というようなことを言う人がいますが、それはそのアイドルの情報をネットなどで見たことがあるから言うことなんです。つまり誰に向けて書くのか、ということを意識しないといけなくて、ディスクガイド本ならディスクガイドを欲している人のために書くわけです。これからアイドルを知りたい人、そのうちの誰かのことは好きだけれど他の人のことは知らない人を視野に入れて作るものです。だから「Wikipediaに書いてあることが載っている」ということを指摘するのは意識が低くて、「その情報とこの情報をつなげるとこういうことが言える」ということが書いてあれば、それは意味のあるテキストになります。それがわからない人にはWikipediaに書いてあることが載っていると「ネットのまとめ」としか読めないんでしょうね。編集の意識や、自分の見方や切り取り方にオリジナリティは出てくるので、それを心がけるだけでも資料性がありつつ最低限オリジナリティがあって意義のあるテキストになります。そしてもちろんアイドル楽曲に詳しい人も読者層に入るので、その上でプラスアルファのテキストをできるだけ入れ込むことを心掛けました。
 
——『アイドル楽曲ディスクガイド』は、2010〜12年が最初にあって、過去を掘り下げ、最後に2013年に戻る、という面白い構成になっていますね。2010〜2012年を象徴的に取り上げたことの意味はどういうものでしょう?
 
ピロスエ:第1章の概論にも書きましたが、2010年の5月にNHKの番組でアイドル戦国時代特集が組まれました。当時のシーンを的確に捉えた番組内容でしたが、そこで初めて現状を知った、気付いた、という人は多いと思います。だから2010年から始めるのがいいかな、と思いました。キリもいいですしね。最初に言ったように、本当は2012年内に出したいと考えて企画を立てていました。それがずれ込んでしまったので、2013年の扱いをどうするかは二転三転しました。最終的に2014年2月の発売になったので、2013年も本書の中で取り上げることができるようになりました。
 

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