日本のアニメーションが失ったシンプルさと壮大さ 『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』が描く冒険世界

小野寺系の『KUBO/クボ』評

 アメリカのアニメスタジオ「ライカ(laika)」。現在全盛であるCGでもなく、手描きでもなく、主に実物の人形を使った「ストップモーション・アニメーション」という、いまでは珍しくなった手法で、あたたかみのある手づくりアニメ作品を制作している最高峰の工房である。

 粘土(クレイ)を使った『ウォレスとグルミット』や『ひつじのショーン』のアードマン・アニメーションズも使っている、この「ストップモーション・アニメーション」という制作方法は、手作業で被写体を動かして、それを1コマずつカメラで写真撮影していくという、気の遠くなる作業を必要とする。本作『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』は、ライカ作品の中では現時点で上映時間が最長となっているが、平均すると1週間に約3秒ほどのペースで本編の映像を撮りあげていったという。

 まさに職人による芸術的な工芸作品といえるライカの長編映画のなかで、日本を舞台にした『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』は、幻想的なオリエンタリズム(東洋趣味)にあふれた冒険活劇としての特異性と、アニメーションへの熱い情熱がひしひしと伝わってくる傑作になっていた。ここでは、その驚くべき表現方法と、作品の背景にある監督の物語について語っていきたい。

 ライカ作品を見て、まず驚かされるのは「顔の表情の豊かさ」だ。通常の人形は表情が動かないので、人形のアニメーションといえばボディーランゲージ(身体の動作)に頼って情感を表現することが多かった。ライカ作品では、それぞれ違った表情の顔のパーツを用意し、1コマずつそのパーツを顔にはめ込んでいくことで表情を動かすという、狂気すら感じる面倒な手法によって撮り進めていくのだ。さらに風にそよぐ髪や、動物の毛の動きもパーツを取り換えることで表現している。それの作業を、人形の身体の動きやカメラワークとともに同時に行うのだ。だからそこでは綿密な計画が必要になってくる。ここまでの手間をかけるので、1週間で数秒分しか撮影できないのである。

 ライカでは顔のパーツをさらに分割することによって、より豊かな表情を作り上げている。本作の主人公「クボ」は、パーツを組み合わせれば4800万通りの顔を作ることが可能になった。そんな膨大な数のパーツを作るため、ライカが『パラノーマン ブライス・ホローの謎』より導入したのが3Dプリンターだった。これにより、作業効率が劇的にアップすることになる。パーツを作る過程に機械が関わっていることは確かだが、従来の伝統的な方法に現在の技術を採り入れることによって、ライカは実物の人形を使いながらもレベルの高い映像表現を可能にしたのだといえる。

 さらに本作では新しい試みとして、クボに襲いかかる、日本の妖怪「がしゃどくろ」を基にした巨大な怪物を表現するため、全長4.9メートルという、今までで最大の可動式人形を作ることにも挑戦している。

 そのようにきわめて職人的な技術に感心しながらも、本作から感じるのは、日本的といえる静謐な雰囲気である。とくに冒頭の、精神に異常をきたしていく母親を労り、クボが献身を重ねるシーンでは、もの悲しさや、こわさを感じ、子ども向け作品としては異様だとすら思える複雑な感覚を味わえる部分である。その雰囲気は、日本を代表する人形アニメーション作家・川本喜八郎の作品を彷彿とさせ、さらにその裏にある日本の伝統的な人形劇の形態である「文楽(人形浄瑠璃)」の複雑な感情表現が、新しい表現手法のなかで甦ったようで、非常にエキサイティングである。よくこのような挑戦的な描写を入れたものだと感心してしまう。

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