『ひるね姫』神山健治が語る、日本アニメの課題 「業界全体が危機感やジレンマを感じている」

神山健治が語る、日本アニメの課題

 神山健治監督最新作『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』が公開中だ。本作は、『攻殻機動隊S.A.C.』『東のエデン』の神山健治監督による、初のオリジナルの長編劇場アニメーション。岡山県に暮らす居眠りばかりしている女子高生・森川ココネが、不思議な夢と現実を行き来しながら家族の秘密に迫っていく模様を描く。主人公の森山ココネの声を担当するのは女優の高畑充希。そのほか、満島真之介、江口洋介、釘宮理恵などが声優として参加している。

 リアルサウンド映画部では、監督・脚本・原作を担当した神山健治監督にインタビュー。『ひるね姫』を制作するに至った経緯をはじめ、デジタル作画を導入した理由やこれからのアニメーション業界の課題について語ってもらった。

「3.11で心境に変化が生まれた」

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神山健治監督

ーー『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』は、神山監督にとって初のオリジナル長編アニメーションです。“初”というところに驚きを感じましたが、なぜこのタイミングで長編を作ろうと思ったのですか?

神山健治(以下、神山監督):“長編映画”を撮りたくて映像の世界に入ったのですが、『BLOOD THE LAST VAMPIRE』を作ってから、その時々の巡り合わせによってここまで運ばれてきた感覚があります。僕が『攻殻機動隊』を制作していた頃は、今よりもDVDがずっと売れていて、企画を立てる際も映画のような単発モノではなく、シリーズ化を前提に考える方が主流でした。しばらくその波が続いたのもありますし、僕がテレビシリーズのスタッフを維持したまま作品を作りたいと考えていたこともあって、必然的にテレビシリーズを制作することが続きました。

ーータイミングの問題だったということですね。昨年は『君の名は。』や『この世界の片隅に』、『聲の形』などの長編アニメ映画がヒットを記録しました。そういった長編作品が作られだした背景には、DVDの売り上げの減少も関係しているのでしょうか?

神山監督:DVDが売れなくなったこともひとつの要因だとは思います。それに最近は、アニメの作品数がどんどん増えていて、視聴方法も地上波以外にネット配信など様々な形態をとるようになりました。選択肢が多すぎてどれを観たらいいのか迷っている人たちが、たまたま劇場でやっている話題のアニメ映画を観に行く、という流れが生まれています。2〜3年くらい前から長編アニメの企画が仕込まれていて、それが徐々に芽吹きつつあるのかもしれませんね。僕が長編アニメのお話をいただいたのも、おそらく2016年にヒットした作品が動き出した時期と重なります。『ひるね姫』の企画が通ったのも、そういう様々な要因が重なった結果だと思います。

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ーー『ひるね姫』のテーマは、これまでの作品とはだいぶ毛色が違う印象を受けました。神山監督の中でどんな変化があったのですか?

神山監督:東日本大震災以降、僕自身の心境にも変化がありましたし、アニメを観る人たちの環境も大きく変わったと思います。震災が起きた頃は、僕が『009 RE:CYBORG』をちょうど制作していた時期と重なっていて、震災の被害を受けた宮城県が石ノ森章太郎先生の故郷だったこともあり、震災復興を応援するという意味合いで完成版を上映することになりました。ただ、震災復興と言っておきながら制作は震災前から始まっていたわけで、そこで描かれたメッセージを震災を体験した方々はどのように受け止めているのだろうと……漠然とですがそこに齟齬を感じていました。物語の中で世界を救うことも、未来を予見して問題提起することも、現実世界で大変なことが起きている状況では、すべて空々しく聞こえてしまうのではないか。むしろ“なにも起きない日常”の方がファンタジーになってしまったんだ、と。『東のエデン』の頃から少しずつ個人の思いに寄ったものを作りたいと思っていて、その変化を決定付けたのが3.11でした。

ーーそこから『ひるね姫』の骨格を組み立てていったのですか?

神山監督:世の中の状況を考えた時に、誰しもが日常生活で感じている問題をテーマに、登場人物のパーソナルな部分を掘り下げていく作品を作りたいと思いました。共感してもらえるテーマや、自分が作りたいものを探しているうちに、長編アニメのお話をいただいてからあっという間に1年以上も経っていて。本来であれば『ひるね姫』は1年前に公開している予定でした(笑)。

ーー『ひるね姫』には家族や社会にある身近な問題が含まれていると感じました。夢と現実がリンクしていく展開も面白かったです。

神山監督:普通の女の子を主人公に、“家族の絆”や“世代間の断絶”を描こうと構想を膨らませていく中、映画として物語を飛躍させるにはテーマとは別の要素が必要でした。なにか良いアイデアがないかと考えているうちに、僕が創作した物語を娘に聞かせるとすごく喜んでいたことを思い出したんです。アニメや特撮を見ていた子供の頃、目覚めている時はヒーローや宇宙人がフィクションだと理解しているのに、夢で宇宙人が襲ってくると恐怖を感じてしまう。そんな風に現実と夢の境目が曖昧になっていた年頃が僕にもあって、自分の娘も僕の創作話をどこまで信じているんだろう、という話を企画会議で話していたら、その設定が面白そうだから物語のフックにしようと決まりました。

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ーー監督が夢や魔法といったファンタジーを描くのは新鮮でした。それに童話の「桃太郎」も盛り込まれていましたよね。

神山監督:正直、僕自身は夢や魔法のことをあまり信じていないですし、そこに心躍らせるタイプではないです(笑)。でも、夢も魔法も現実と切り結ぶことで面白いと感じることができた。今回も夢そのものではなく、不思議な夢を見る理由だったり、科学技術と魔法の境目に着目して描いています。「桃太郎」を取り入れたのは、誰でも知っている既存の物語を加えることで、直感的に『ひるね姫』の世界を理解しやすくなると思ったからです。映画は尺が限られているので、説明に時間を割くのはもったいない。長編を制作する上では、なるべく説明のパートを削っていくように意識しています。ただ、説明や登場人物の独白もまたエンターテイメントだと思っているので、テレビシリーズを作る時はよく利用していました。

ーー本作では、デジタル作画を積極的に取り入れたそうですね。そのメリットは?

神山監督:アニメの制作は、すでに強固なインフラが出来上がっています。システムが整備されているからこそ、これだけたくさんの作品を生み出すことができるのですが、映画を作る場合は窮屈に感じてしまいます。出来上がった絵コンテにそって絵を描いていき、その絵ができたら編集してアフレコ、その後に色が入ってダビングする……この流れから外れられないから最終的に出来上がる作品も、従来のもの以上にはならない。監督の観点から言うと、絵コンテと編集作業を一発で決めなければならないのはとても不自由。その点、デジタル作画の場合は、展開を入れ替えてみたり、絵コンテの時点で編集作業をすることができます。これまで一発勝負だったものが、トライ&エラーで複数回行うことができます。監督によってやり方は違うと思いますが、ある程度簡単にやり直しができるのは僕にとってはとても重要なことでした。

ーー一発勝負はリスキーだと思います。

神山監督:特に映画の場合は、感情の動線を繋いでいく必要があります。そういうのも音楽が入ることで印象が変わることもありますし、物語を畳み掛けるポイントも全体像を把握することで初めてわかる部分もあります。これまでは勘で試しにやったことを、そのまま本番に反映するという流れが一般的で、そこが面白い場合もあるのですが、経験や勘に頼りすぎている部分があまりにも多すぎるなと感じていました。合議性と独善性をうまく制作フローに取り込めないものかと。絵コンテを作って約一年半もの間レールから外れずに作り続けると、モチベーションも徐々に下がっていきますし、本当にこれでいいのだろうかと作品の面白さを自分自身が見失うケースもあります。デジタルにすることで、そういうメンタル面の負担も少しは緩和できるのかもしれません。

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