伊藤計劃原作『虐殺器官』が2017年に公開された意義ーー現代社会との繋がりを考察

現代社会を描いた『虐殺器官』の“時代性”

 昨年のアメリカ大統領選で、大方の「メディア」の予想を覆してトランプが勝利した。この勝利にはSNSを中心にしてトランプに好意的なフェイクニュースが、真偽を確かめられることなく多く流通したことも要因の1つと言われている。マケドニアの青年たちが金稼ぎのためにいくつものフェイクニュースサイトを立ち上げていたことも報道されている。

 フェイクニュースの広がりは確かに問題だが、それらの情報を欲した人々が大勢いるから影響力が出たのだ。SNSにはかねてより、人々の島宇宙化を助長する問題があるとされてきた。自分の好きでない情報には触れる機会が少なくなり、世相とはずれた情報環境に身を置くようになる。「自分のTLは世間のTLではない」というやつだ。

 フェイクニュースを信じた人も、ヒラリーの勝利を信じて疑わなかった人々もまた同様に島宇宙化していた。だからこそ今回の大統領選の結果には驚きとショックを隠せない人がいた。その意味では、自分の好む情報しか触れようとしない姿勢は、両陣営とも五十歩百歩だったと言える。フェイクニュースはトランプ支持者にとって心地よいものであり、トランプ否定派には、トランプの失言や彼への反対デモなどを扱ったニュースが心地よかった。お互い心地よい情報の海に浸かっていたにすぎない。

 事実だろうが、フェイクだろうが、「人は見たいものしか見ない」これが2017年だ。個人もそうだし、メディアもそうだ。

 インターネットが普及した頃から、人々がそうやってタコツボ化していくだろうという懸念は様々なところで言われていた。そしてそのことを10年前に小説に書いたのが伊藤計劃だった。彼の最高傑作『虐殺器官』が2017年に映画化された。原作刊行から10年を経て映画化されたわけだが、SF作品にも関わらず内容が圧倒的にタイムリーで、SFというよりリアルな軍事サスペンスのように感じさせる。

「人は見たいものしか見ない」

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 本作はアメリカ情報軍・特殊検索群の大尉クラヴィスが、世界各地の紛争地帯での逆説を扇動しているとされるアメリカ人ジョン・ポールを追う物語だ。言語学者であるジョン・ポールは、人間には虐殺を司る器官が存在し、それは一定の文法によって活性化させることができると主張する。彼は実際に虐殺の文法を使い、世界各地で虐殺を引き起こしている。これを重く見た米国政府が、主人公クラヴィスに暗殺の司令を出す。一方、世界各地で紛争が絶えない中、内輪の虐殺に忙しくなったからか、アメリカ国内でのテロ発生はほとんどなくなっている。

 かつて黒沢清監督が『CURE』で言葉によって人を動機不明な殺人に駆り立てる男を描いたことがあったが、本作は虐殺は人間の脳の器官による作用であるとし、特定の文法でそれを呼び覚ますことができるとしている。『CURE』では間宮という男だけが持つ超常的な能力のように描かれたが、本作はSFなので、科学的な文法であり、それはだれでも扱えるものとしている。

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 洗脳やマインドコントロールにも、ある種の話法としての手順が存在するとも言われるが、言語機能の観点からも虐殺を言葉で操ることができるというのも非常に興味深い設定ではある。だが、本作の肝はその器官の存在よりもジョン・ポールの行動動機にある。

 ジョン・ポールは、「人は見たいものしか見ない」と言う。2001年の9.11以来、先進国はテロの脅威に怯えることになった。こうしたテロは先進各国の理不尽な政策への積年の恨みから来ているものだが、そうした不満分子が世界にあるということを、先進国は初めて目の当たりにさせられた。多くの人はそんなにも恨まれていることに気づいていなかったのではないか。なぜなら、「人は見たいものしか見ない」から。

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