伊藤計劃原作『虐殺器官』が2017年に公開された意義ーー現代社会との繋がりを考察

現代社会を描いた『虐殺器官』の“時代性”

ひとつ間違えればジョン・ポールは英雄だったかもしれない

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 テロという暴力行為によって、人は見たくなかったものを強制的に見せられた。その結果、社会は不安が蔓延し、プライバシーの自由を譲り渡す形でセキュリティの強化を受け入れることになった。しかし、現実の世の中でも作品世界でもそうだが、そんなことでテロを減らすことはできない。

 本作の世界で米国内のテロを減らしたのは、ジョン・ポールの虐殺の煽動である。米国に不満を持つ人々がいそうなところにいって内輪で殺し合わせることで、テロが防がれているのだ。

 ジョン・ポールは世界を「スターバックスに行き、アマゾンで買い物をし、見たいものだけ暮らす世界」と「憎み殺し合う世界」とに明確に切り分けている。彼は自分が生まれた、愛する人と出会った前者の世界を愛している。だからそれを守ろうとしている。人は見たくないものを見せられれば、不安におののき、恐怖する。幸せになるには臭いモノにフタをしてしまう方が良い。特殊部隊で暗殺に従事するクラヴィスの相棒ウィリアムスすら、自分の愛する物には世界の理不尽に触れてほしくないと思っている。

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 現実に生きる我々はどうだろうか。国際紛争に深い関心を寄せる人も少なくはないだろう、例えばシリアの内戦の悲惨さに心を痛める人もいるだろう。しかし、本当にそうした世界にコミットすることができているだろうか。筆者もニュースはよく見る。だが、それは単にそういう情報を「資本主義の商品」として享受しているにすぎないのではないか。それこそ、クラヴィスとウィリアムスがアメフトを見るのと同じ感覚で。(このシーンは原作ではまさに娯楽商品として提供された戦争映画『プライベート・ライアン』を2人で見ているシーンだった)

 ジョン・ポールのやり方は異常かもしれない。しかし、少なくとも彼は直接、人が見たくないものを見てしまうような位置でコミットしている。結果として作品内での米国内でのテロは減少している。ジョン・ポールは自分の愛する世界を守っている。つまり我々を守ってくれている。

 ドナルド・トランプは中東7カ国の人間の米国入国を制限する大統領令に署名した。差別的であろうが、非人道的であろうが、それで米国内の安全、原作の言葉を借りていうならば「ドミノ・ピザが不変性を獲得している」社会が平和であるなら構わない。それはジョン・ポールの平和への思いとよく似ている。それはおそらくトランプだけが思っていることではない。かなり多くの人が本音ではどこかでそう思っているかもしれない。宮台真司は「ヒトは『仲間を殺すな』『仲間のために人を殺せ』を2大原則として来た」と言うが、ジョン・ポールやトランプはわかりやすくそれに忠実であると言える。そしてそれはトランプに批判的な人たちですら同様だ。ただ仲間の範囲が異なるにすぎず、お互いに見たいものに囲まれて心地良い世界に生きていたいと思っているに過ぎないのではないか。

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 「一人殺せば殺人者だが、百人殺せば英雄だ」とチャップリンは言ったが、米国内に平和をもたらしたジョン・ポールはこの理屈で言えば英雄だ。事実、米国内の治安を良くする結果をもたらした。それでも彼を英雄になるような結末にしなかったのは、作家の良心が働いたからだろうか、2007年時点ではそれはリアリティのない帰結だと感じたためだろうか。2007年といえばオバマが選挙戦を戦っていた年だが、トランプ大統領が誕生した2017年に伊藤計劃が生きていたら、どう感じたのだろうか。

 制作会社の倒産によって公開が遅延するというアクシデントによって図らずも2017年公開となった本作だが、むしろ映画の内容を身につまされる絶好の時期の公開になった。2017年の空気の中、体感しておくべき映画だ。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■公開情報
『虐殺器官』
公開中
原作:「虐殺器官」伊藤計劃(ハヤカワ文庫 JA)
監督:村瀬修功
キャラクター原案:redjuice
アニメーション制作:ジェノスタジオ
キャスト:中村悠一(クラヴィス・シェパード)、三上哲(ウィリアムズ)、梶裕貴(アレックス)、石川界人(リーランド)、大塚明夫(ロックウェル)、小林沙苗(ルツィア)、櫻井孝宏(ジョン・ポール)
(c)Project Itoh / GENOCIDAL ORGAN
プロジェクト公式サイト:project-itoh.com
『虐殺器官』公式サイト:http://project-itoh.com/#/geno/top/

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