『ノゲノラゼロ』&『よりもい』劇伴手がけた藤澤慶昌に聞く 異世界と日常を音楽でどう描くか?

ノゲノラゼロ&よりもい劇伴秘話

「“女の子モノ”っぽくしたくなかった」『よりもい』劇伴

ーー続いては『宇宙よりも遠い場所』の劇伴についても聞かせてください。作品としても制作チームも『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』のスタッフが集まっているものですし、作中でも繋がっていますよね。チームのことについても聞きたいのですが、監督のいしづかさん、音響監督の明田川さんと続けて組んだ印象は?

藤澤:お二人とも判断がとにかく早い方ですね。明田川さんに関しては、明確に何かが見えていると思うんですけど、こうしたいああしたいというのがハッキリと迅速に伝わってくる感じ。こちらもテンポ良く作れるし、『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』のライン引きも『宇宙よりも遠い場所』のメニューも、こうなるだろうな、ならないだろうなというのが早い段階で見えてきました。監督は、いつどこで会っても同じテンション感の人なんですよね(笑)。かなり疲れてるだろうなと思う状況でも同じペースですし、おしゃれだし、今回の『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』『宇宙よりも遠い場所』は世界観も全く違う感じなのに、打ち合わせのテンションも同じだったし。僕らがうまく乗せられているなと思うくらい、次に何をやるべきかを、会議で遊びのある感じで提案し合いながら、明確に提示してくれるんですので、すごくやりやすいです。

ーーなるほど。同作はオリジナルアニメですが、劇伴制作にあたってはどういったオーダーがあったのでしょうか。

藤澤:これは「ガールズジャーニー感が欲しい」というわかりやすい一言がありましたね。群馬という海がない地域から海を経て南極に行くという、枠組みとしては大きな旅物語なので、その勇敢さを表現したかったんです。あと、“おしゃれになりすぎない”ように気をつけました。『宇宙よりも遠い場所』は世界観も生々しいし、おしゃれにしすぎると嘘っぽくなる気がしたんです。

ーーその“ガールズジャーニー感”と“おしゃれになりすぎない”という2つのポイントがあったからか、全体を通してカントリーっぽいアプローチが多いですよね。

藤澤:その2つを演出するときに、音楽を聴いたときに浮かぶビジョンが広い方がいいなと思ったんですよ。わかりやすいところだと、アメリカのルート66を車で走っているイメージというか。海と陸で違いはあるものの、彼女たちからすると、未開の地に行くというシチュエーションは、ワクワクしかないうえに、景色も実際より広がって見えているはずなので。あとはやっぱり『スタンド・バイ・ミー』ですよね。

ーー思春期旅モノの王道ですね。

藤澤:さすがにベン・E・キングっぽいものは作らなかったですけど(笑)。ぶつかったり凹んだりしながら目的へと向かって行く、知らないことを知りたい、行ったことのないところに行きたいという感情をもって飛び込むイメージにしようと思ったところもあります。我々が忘れてしまいがちな、一直線にあそこへ行くんだという感覚というか。

ーーその感じはアニメと劇伴からもひしひしと伝わってきます。あと、メニューを見ると日常曲が20曲と、全体の半数近くを占めていますが。

藤澤:ガールズジャーニーとはいえ、船が沈むみたいな激しいトラブルがあるわけではないので、基本的には日常描写が多い作品なんです。南極にいるのも日常の一つだったりするので。主人公の4人が持つ空気感は、最初から最後まで一貫しているので、どこへ行こうが曲をあえて寒い感じにする必要もないし、使用頻度の高い曲も安定して使っていただいていますね。

ーー確かにテンションは一貫してますね。先ほど挙げた“おしゃれになりすぎない”ことが、それによってさらに活きているような気がします。

藤澤:脚本を読んで、いわゆる「女の子モノ」っぽくしたくないなと思ったんですよ。女の子複数人を主人公にしたアニメって、コロコロした可愛い感じの音色になることが多いんですけど、『宇宙よりも遠い場所』は登場人物同士の会話も含め、あまり隠さない生々しさがあると思っていて。ファンタジーの中にいる女子高生じゃなくて、もう少しノンフィクションっぽい感じに近づけたかったんです。監督の4人の描き方もそうだったし。10代にしかできない葛藤や考え方が素直に描いてあるので、それを嘘っぽくなく音楽として演出できるようにするのが大前提でした。だからカントリーやブルースを中心に据えたし、スライドギターも多用したんですよ。

ーー確かにそうですね。「女の子モノっぽくない音」と聞いて納得しました。個人的に、劇伴全体を通して悲しい曲がそこまで悲しすぎないようにしてあったり、テンションが高いシーンでもそこまで上がりきらないようにしているような気がしたんです。表現する感情の幅を意図的に狭くしていませんか?

藤澤:ああ、まさにそうなんです。コミカルなシーンの音楽や明るい場面の曲、「南極の太陽」「井戸端会議」「いい天気だねー」「ちょっと待ちなさーい!」「待って待って待ってー!」あたりは、明田川さんから「強くして欲しくない」ってリテイクがあったんです。それが僕の中で良い意味で引っかかっていて。この曲たちは最初、ブラスセクションを使っていたんですね。でも、ブラスって音が早いので。

ーー金管はどうしてもアタックが強くなりますもんね。

藤澤:そう。曲調がゆったりでも強く感じちゃうんですよ。だから4本のブラスを全部木管に差し替えて、構成も変えて、もう少し弦楽器をフィーチャーしたりと、全体のトーンを整えたというのは間違いないですね。一番カントリーっぽい「ちょっと待ちなさーい!」「待って待って待ってー!」も、最初はエレキギターで録っていたんですが、これも「強いのでアコギでお願いします」というリテイクがあって、やり直したらばっちりハマっていました。

ーー録音に関しても、かなり空気感のある楽器やプレイヤーを意図的に選んでいるように感じました。

藤澤:まさに、そういう感じの演奏が得意な演奏者さんにお願いしました。ストリングスもメインブースに入って聴いてたんですけど、聴いたことのない音がしてきて。いつもは目の前にあるスピーカーから飛んでくるイメージなんですけど、この時の音は上から降ってくる感じがしたんですよね。それを上手くエンジニアの方が録ってくれたので、かなり良い音になったと思います。

ーーなるほど。『宇宙よりも遠い場所』では歌モノも作っていますが、これはあらかじめオーダーがあってのことだったんですか?

藤澤:監督から、「今回は劇伴の延長としての挿入歌がほしい」という話をいただいたんです。構えて歌モノを作ろうと思うと、ポップスとしてキャッチーなものになってしまって、挿入歌とは違った役割を持ってしまうので、そこは気をつけました。最初に「宇宙を見上げて」を作ったんですが、サビのメロディは「ハルカトオク」のほうが先に浮かんでいて。ただ、僕のなかでは“旅に行きすぎている感じ”だったのですが、提出する直前に「これくらい旅に出た方がいいんじゃないか」と思い直して、最終的には物語において心境を映し出す「宇宙を見上げて」と、旅そのものの景色のような「ハルカトオク」の2曲になりました。歌詞は監督から「気になるワード集」というメモをいただいたので、それを見ながらそのまま使ったフレーズもあるし、組み合わせたり構成を組み直して、意味の通るものにしました。そもそも歌詞を書く人ではないので、レコーディング直前までこのメモと向かい合ってたんですけど(笑)。

ーー結果的にキャラクター付けもはっきりしていて、挿入歌でもありキャラソンでもあり、劇伴としても機能した楽曲になっていると思います。

藤澤:作ってる時に、主人公が漠然としすぎると良くないと思って、「宇宙を見上げて」を報瀬、「ハルカトオク」をキマリと想定したんです。歌詞で〈でっかい〉なんて普通使わないんですけど、報瀬のキャラには合うなと。結果、あれだけ使ってもらって、曲も幸せだと思います。

ーーいしづかさんからのメモには「どちらか選べというのが酷なくらい素晴らしい曲。両方仕上げてしまうというのは無理な相談でしょうか……」と書いてありますが。

藤澤:もう少し軽く「両方使います!」という感じでしたよ(笑)。

ーーオーダーにあたってのキーワードがいくつか書いてあるのですが、なかでも「スピッツ感」という言葉に膝を打ちました。

藤澤:エンディング曲がスピッツイメージだとは聞いていたのですが、あまり聴きすぎると寄っていってしまうので、聴かないようにして臨みました。意識したのは楽器の編成ですね。最初のミーティングでは、ほかにも「奥田民生っぽい」とか「The Cardigansはどう?」みたいな意見も色々いただいたんですけど、まずは一旦それを『スタンド・バイ・ミー』感というキーワードを中心に据えて熟成させてみようと思ったんです。

ーーなるほど。ここまで2作のお話を聞いてきましたが、「異世界もの」と「ある種の日常もの」を作る際、音楽の作り分け・ジャンルや手法の使い分けはどうしているのか気になります。

藤澤:『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』に関しては、「文明を感じない方がいい」という面から音楽を考えていきました。その世界にあるはずのない音を使うと、その音が嘘になってしまうので、そこは結構意識します。特に映画の場合は、意図的に注意を引くもの以外は、2時間のなかでいかに集中力を切らさず、聴いている人の心に刻めるかが大事だと思うので。アニメだと後の話でリカバーできることもあるんですけど、映画だとそうもいかないですし。参照するジャンルについては作品の方向に左右されますね。毎回悩むところではあるんですが、今回は東欧の民族楽器を使ったんですよ。作品から欧州っぽさは伝わってきたんですけど、雪じゃなくて灰が降ってるし、大陸の真ん中らへんで文明同士が衝突し合うような感じだったので。

ーー『宇宙よりも遠い場所』のような場合はどうでしょう。

藤澤:『宇宙よりも遠い場所』のような現実感のあるものを作る際、格好つけない限りはアコースティックな楽器を使うことが多いです。音が強くなりすぎないし、息遣いや体温、町の匂いといった、人間が五感で感じているものを音楽で表現したいと常々思っているので、アコースティックな楽器を選び取ることが多いのかもしれません。もっと日常系、箱庭系と呼ばれるものだと、あえておしゃれにしたりするんですよ。なぜか箱庭系のアニメってフランスっぽさを感じることが多くて、今やってる別作品の劇伴でもそうしていたり。

ーー歌モノについても聞きたいところです。

藤澤:歌が立たないことには挿入歌でもないから、歌詞があって歌があるのであればちゃんと聴こえなければいけないんですが、聴こえすぎてもいけないので難しいですよね。今回は作品のテーマがはっきりしていたし、歌詞も含めてトータルでこの作品の表現という形だったのでやりやすかったです。挿入歌は、その曲の流れるシーンやセリフにない気持ちを補完するためのものだと思うので、主人公はその場合キャラクターなんですよね。基本的にはその順番が間違わなければ成立すると思うんです。「ハルカトオク」が大丈夫かどうか不安になったのは、そのリミッターを超える可能性があったから。でも、歌を担当してくれたsayaさんが、うまいところに落としてくれたと思って。あとで聞いたら北海道の方みたいで、表現したい広さにも合っていたんだと嬉しくなりました。ギターの真壁陽平さんも北海道の方で、僕の大好きなすごく土臭いギターを弾いてくださったり。

ーーアニメも終盤を迎えていますが、最後に向けて劇伴の聴きどころも伺わせてください。

藤澤:一つの軸としては、報瀬とお母さんのお話があると思うので、それがどのように演出されているのかは、アニメ的にも音楽的にも楽しみにしてほしいです。あとは「南極に行く」という意思が明確にある報瀬が、実際に行ってどうするのかといったところをはじめ、各キャラクターの心情の変化をどのように表現しているのかを楽しんでもらいたいですね。

(取材・文=中村拓海/撮影=はぎひさこ)

■リリース情報
『映画「ノーゲーム・ノーライフ ゼロ」オリジナルサウンドトラック』
発売中
価格:¥3,456(税込)

『TVアニメ「宇宙よりも遠い場所」オリジナルサウンドトラック』
発売:3月28日(水)
価格:¥3,456(税込)

『TVアニメ「宇宙よりも遠い場所」オープニングテーマ「The Girls Are Alright!』
発売中
価格:¥1,296(税込)

■関連リンク
映画『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』 オフィシャルサイト
TVアニメ『宇宙よりも遠い場所』オフィシャルサイト

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