Radiohead『OK Computer』は今も進行中の物語ーー村尾泰郎が『OKNOTOK』を紐解く

Radiohead『OKNOTOK』レビュー

 1990年代。アメリカではグランジが、イギリスではブリットポップがブームを巻き起こし、ロックシーンはお祭り騒ぎだった。そんななか、1994年にカート・コバーンが急逝し、グランジブームは下火に。そして、イギリスでも過熱しすぎたブリットポップのブームに衰えが見え始める。そして、1997年2月にBlurが『Blur』をリリースした際に、デーモン・アルバーンは「ブリットポップは死んだ」と宣言。ライバルのOasisは8月に『Be Here Now』をリリースするが、ちょうど、その間、6月(日本では先行して5月)に発表されたのがRadiohead『OK Computer』だった。

(Photo=DANNY CLINCH)

 当時のBlurやOasisの人気ぶりに比べると、クール・ブリタニアの喧噪から距離を置いたRadioheadはパーティーに迷い込んだ部外者のような違和感を感じさせたが、『OK Computer』はBlurやOasisと同じく、イギリスで初めてチャート1位を獲得する。そして、リリースから20年が経った今年6月、『OK Computer』が2枚組の完全版『OK Computer OKNOTOK 1997-2017』として復活した。本作では、オリジナル・マスターからリマスターされた本編の音源をディスク1に収録。そして、ディスク2にはシングルのB面曲と未発表曲が収録されている。今でこそ、Radioheadはエレクトロニックなサウンドをいち早く取り入れた革新的なバンドとして評価されているが、そのイメージが決定づけられたのは『Kid A』以降のこと。『OK Computer』はRadioheadが時代の最前線へと踏み出す決意表明ともいえるアルバムだ。

1997年当時のRadiohead。(Photo=TOM SHEEHAN)

 まず、前作『The Bends』で、プロデューサーのジョン・レッキーのアシスタントとして参加したナイジェル・ゴッドリッチと運命的な出会いをしたことが、『OK Computer』での飛躍のきっかけになった。ゴッドリッチにとって『The Bends』は初めて本格的に参加したレコーディングだったが、Radioheadと意気投合。『OK Computer』ではバンドとの共同プロデューサーに昇格して才能を開花させ、やがて「Radioheadの第6のメンバー」と呼ばれるようになる。『OK Computer』では、タイトルとは裏腹にコンピューターはほとんど使われず、ゴッドリッチとバンドは手作業で理想の音を探して加工した。同世代の信頼できるエンジニア/プロデューサーを得たことで、Radioheadはサウンド面での実験に取り組みことができたのだ。

 グランジやブリットポップという祭りが終焉を迎えた当時、ロックというフォーマットは大きく変化しようとしていた。Massive Attack、Portisheadらによるトリップホップ勢や、Aphex TwinやDJ Shadowなどのテクノやビートミュージックの台頭。アメリカではTortoiseやThe Sea and Cakeなどポストロック勢が注目を集め、StereolabやThe High Llamasといったイギリスのバンドがそれに呼応する。そこかしこで実験的なサウンドが展開されるなかで、Radioheadは、そうした時代の空気を敏感に捉えて音に反映させようと試みた。もちろん、それはRadioheadに限ったことではなく、例えばBlurも『Blur』でポストグランジ的なサウンドを試みたが、新しいスタイルを作り出すまでには至らず、やがてデーモンはGorillazを結成することでブリットポップを卒業する。

 一方、Radioheadは90年代以降の“音響としてのロック”を自分たちなりのスタイルで消化しようと実験を繰り返した。その結果、『OK Computer』は、トリップホップやエレクトロ、ポストロックなど、様々な要素がちりばめられた多面的なアルバムになった。そして、そうした新しいサウンドにふさわしい、ダイナミックで繊細なサウンドをゴッドリッチと作り上げることができたことも本作の大きな成果だった。そのきめ細やかな音作りは、今回のリマスターでさらに深く味わえるようになっている。

Radiohead - Paranoid Android

 トリップホップを消化したドラムループに分厚いギターサウンドが重なる「Airbag」を皮切りに、6分間のなかでコラージュのように曲が複雑に展開する「Paranoid Android」や、マイルス・デイヴィス『Bitches Brew』から影響を受けた膨らみのある音響空間が広がる「Subterranean Homesick Alien」など、アルバム前半の3曲だけでも様々なアイデアや実験が詰め込まれていて、ロックという重力から開放されようとするバンドの意気込みが伝わってくる。同時に、「Karma Police」や「No Surprises」のような甘美なメロディにただ身を委ねたくなるようなバラードもあって、心地良さと緊張感のバランスが絶妙だ。そんななか、トム・ヨークの歌声の生々しさは一層際立っていて、「Exit Music (For a Film)」の凍てつくような美しさや、「Lucky」の深い闇に沈みこんでいくような脆さに引き込まれる。作り込まれた多彩なサウンドに負けない強烈な求心力がトムの歌声にはあり、まるでブラックホールのようにメロディやサウンドを引き寄せて大きなうねりを生み出している。

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