宇多田ヒカル スタッフが語る、活動再開で得た実感「ポップミュージックの価値は目減りしていない」

宇多田ヒカルスタッフインタビュー

アーティストに対する揺るぎない信頼、それが僕と梶の根っこ(沖田)

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ーー『Fantôme』は小袋さんやKOHHさんなどの若手がさらにジャンプアップしていく一つのきっかけにもなりました。

沖田:オーバーグラウンドとアンダーグラウンドの豊かな交流という風に書いていただいたレビューもいくつか見かけました。まさしくそうやって、これからのポップミュージックのあり方を提示していけたらいいなと思っていましたし、そのように受け止めていただいたことが嬉しかった。これからも宇多田ヒカルは刺激的な作品を作り続けられるし、それを待っていらっしゃる方もいるんだということが実感できました。

梶:これが売れなかったら音楽業界が……ということも言われたりしましたね。

沖田:そうやって、いろいろなことを重ねられてしまう作品だった(笑)。

梶:しかも特典を全くつけずにCDだけで売ったということもあって。我々もレーベルの人間なので特典を否定するわけではないですけど、はっきり言うと僕らも他の作品では特典なしで売るのは難しいという現状はある。その中であえて特典なしにしたことが、ある意味今の音楽マーケットにおける試金石というか。「かつて日本記録を作ったアーティストの久々に出す作品が、今の音楽マーケットでどう通用するのか」を固唾を飲んで見守っている人たちが社内外にいっぱいいたわけです。なので、そのプレッシャーはかなりありましたね。もちろん本人もあったと思います。母親に捧げるアルバムであることと、それをしっかり売ることが天国の母親への一番のプレゼントという思いがあったので、初めて「本当に売れてほしい」と言う言葉を彼女から聞きましたね。逆に売れなかったら、母親の顔に泥を塗ってしまうことになりかねない、そのぐらいの思いでやっていたわけですから。それは我々としても絶対成功させなくてはいけないな、と。だから……本当にうまくいって良かった~(笑)!

ーーミリオンは最初から想定されていたんですか?

梶:目標にはしていましたが、想定はしていないです。想定以上ですね。

沖田:全く読めなかった、という方が正しいです。たしかにかつてミリオンアーティストでしたが、今のこの音楽業界の中で6年近く活動をしていなかったので……。「大スターだから売れるでしょう」なんていうほど僕らもウブではないので、本当にわからなかった。だから二重の怖さがありましたね。

梶:これまでのアルバム全作品で100万枚を出荷で超えてますからね。6年前から現在までの音楽マーケットのシュリンクももちろん見てきていますし、ベストはともかくオリジナルアルバムということもありましたので、フィジカルだけでは超えられなくてもデジタルと合わせて100万枚は超えたいという個人的な思いはありました。通常のリリースに比べたら格段に高い目標の数字に向かっていきましたが、そこはクリアできてよかったです。フィジカルも想定以上でしたが、デジタルはさらに想定以上でした。今までユニバーサル ミュージックが持っていた日本におけるダウンロード記録をプレオーダーの時点から抜いたのは大きかったですね。

ーーiTunes全米3位ランクインについてはいかがでしょうか。

梶:宇多田ヒカルは活動休止中、YouTubeでシングル曲全部をフルで公開していたんです。これはファンへの置き土産として彼女が決めたことだったんですけど、それから6年の間に世界では音楽のリスニング環境にパラダイムシフトが起きていて、ダウンロードやCDではなく、ストリーミングが主流になっていきました。コンテンツにおける国境、言語、宗教などを超越してYouTubeのような一つのプラットフォームで世界中のコンテンツと出会える場ができていたんです。そんな中、新曲ではYouTubeのプロモーションをほとんど行わず、MVも協力体制にあったGYAO!で公開していました。それに対して、海外のファンの方々からいろんなお叱りの言葉が寄せられて。その時はよくわかってなかったんですけど、実際にiTunesで全米3位に入ったところでそういうことかと。今までYouTubeで当たり前のように昔の楽曲を楽しんでいた海外ファンたちが、いざ新曲を聴こうとしたところYouTubeで観れない、Spotifyでも聴けない、結局iTunesでダウンロードしか選択肢がなかったわけです。つまり、6年間でいつの間にか育っていたファンが、突然飢餓感にさらされていたという。昔MTVが全米でMVのプロモーションカルチャーを作ったのと同じように、YouTubeなどが全世界にストリーミングにおけるカルチャーを作っているんだと感じましたね。今はいいコンテンツは言語を問われないし、国籍も問われないんですよ。ジャスティン・ビーバーのレコメンドひとつであれだけ広がってしまったピコ太郎の「PPAP」の例も含めて。ONE OK ROCKやBABYMETALなどのように海外に目をむけて一生懸命頑張ろうとする若いアーティストたちがたくさんいる中で、今回のようなひとつの知見を得られたというのは大きかったですね。さっそく先日発表した「光 –Ray Of Hope MIX–」では徹底的にYouTubeでプロモーションをしていき、全米2位という結果を残すことができたので、この考察は正しかったんだと思います。これは業界全体で見ても新たな気づきですし、リアルな反応を見ることができたのはとても面白かったですね。

ーー最後に一つ、今回の成功から、音楽に関わる若い世代にどのようなことを伝えていきたいですか。

沖田:ポップミュージックの価値は昔も今も全く目減りしていないということを伝えたいですね。ポップミュージックは、映画を1本観たり、もしくは長編小説を1冊読んだりしたのと同じくらいの感動を与えることができる。特にアルバムというフォーマットはそうであると僕は愚直にずっと信じているんです。宇多田ヒカルのこのアルバムもそう向き合って作りましたし、ポップミュージックの力を信じることを忘れないで欲しいということだけですかね。A&Rは常に、MVが何百万回再生とか派手な数字ばかりを求められたりしますけど、それよりも聴き手が何かを得ることができた作品であるかどうかの方が、僕らが大事にしなければいけないことなんじゃないかなと思っています。

梶:制作が作りたいもの、アーティストが作りたいものを正しく理解した上で僕は正しくコミュニケーションを作っていく。そしてただ作るんじゃなくて、ちゃんと受手に受け取ってもらえる可能性があるところに向けて作っていくっていうことですよね。そういったチームの役割分担・バランスがいいと成功するんだな、と今回改めて感じました。それぞれの人たちがそれぞれの持ち場でそれぞれの力を最大限に発揮できた結果なので。もちろん中心には求心力のある作品がないとここまで広がらないですけどね。

沖田:幸いなことに僕ら2人は宇多田ヒカルのデビューからずっと関わっているので、スタッフとして一番語らなくてはいけないポイント、「アーティストを信じよう」っていうことはもう言わなくていいんです。

梶:宇多田ヒカルは自己プロデュース能力がすこぶる高い。だからこそ、僕らは彼女がやりたいことを正しく世の中に伝えていくための環境を作っていくのが仕事になっていく。なので、アーティストを信じようなっていうこともそうだし、まずアーティストが発信したいことに対して「これどうしましょう?」っていう相談の方が多いんです。

沖田:アーティストに対する揺るぎない信頼、それが僕と梶の根っこ。そこからすべてが始まる。

梶:必ずや間違いのない作品を作ってきてくれると信じていますからね。それがたとえ問題作だったとしても。いい意味で裏切っていきたいということはずっとデビューから言ってたし、ジャンルに縛られたくないっていうこともずっと言ってましたから。ブレないですよね。本人がブレてないから、僕らもブレようがないんです。

沖田:そうだね、そこはラッキーだよね。

(取材=神谷弘一/構成=久蔵千恵)

■関連情報
光 –Ray Of Hope MIX–(REMIXED BY PUNPEE)
Fantôme

宇多田ヒカルオフィシャルサイト
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宇多田ヒカルSTAFF Twitter

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