「死んだら推しに戒名をつけて欲しい…」 中高年向けアイドルレクチャー本の実用性を読み解く

書評界のトップが52歳でアイドルにドハマリ

 大森望は、1961年、高知県生まれの書評家・SF翻訳家・SFアンソロジストだ。著書、共著に『21世紀SF1000』、『新編 SF翻訳講座』、『文学賞メッタ斬り!』シリーズなどがある。また、訳書としてはマデリン・アシュビー 『vN』、コニー・ウィリス『航路』『混沌【カオス】ホテル』など、多数。2014年には責任編集を担当した『NOVA 書き下ろし日本SFコレクション』で、第34回日本SF大賞特別賞と第45回星雲賞自由部門を受賞した。

 さらに、2015年10月に放送された『ニッポン戦後サブカルチャー史II 第2回 SF編』(NHK Eテレ)にパネラーとして出演。『本の雑誌 2013年3月号』では大森望特集が掲載され、異例の売り上げを記録したという。つまり、日本の書評界を代表し、SF好きの間では知らないものはいない存在なのだ。

 そんな大森が、今から2年前の52歳の頃、アイドルにハマった。

モー娘。、℃-ute、スマイレージ…清く正しい“ハロプロDD”化

 大森のアイドルへの傾倒が始まったのは、2010年の『AKB48総選挙』からだという。それまではキャンディーズ、ピンクレディー、小泉今日子、おニャン子クラブ、モーニング娘。…と関心はあったが、あくまで一般的なレベルであり、アイドルファンと呼べるほどには情熱を持てず、AKB48以降はももいろクローバーZの配信番組やMVを観賞するなど、在宅活動を緩く続けていたそうだ。そんななか、2013年9月に乃木坂46の「制服のマネキン」「君の名は希望」などのMVをネットで観たことで、アイドル熱に火がつくことに。乃木坂のライブ会場へと足を運んだ後は、モーニング娘。℃-ute、スマイレージ(現在はアンジュルムに改名)と、“ハロプロDD”(ハロー!プロジェクトのアイドルなら誰でも大好き)化。今は足繁くライブ現場に通うほど、“清く正しいハロオタ”に変貌している。

 このように大森がすんなりとアイドルにハマれたのは、SFというオタクにも支持されているシーンに常に身を置いていたため、ということが、理由としては大きいだろう。さらにもうひとつ、世代的な感覚も挙げられるのではないだろうか。ハロプロやAKBを思春期に経験している若い世代ほどではないにせよ、最もオタク差別が激しかった90年代に青春期を過ごしておらず、既に大人だった大森にとっては、アイドルカルチャーはフラットな目線で見れるものだったのかもしれない。

入門書として極めて実用的 主観的ではなく“外向き”の本

 同書の序章にはこう書かれている。

「歌舞伎やクラシック音楽やテニスに入門するように、アイドルに入門してもいいんじゃないか。まずは何から観ればいいのか、ライブのチケットはどこで買うのか。コンサートには何を持っていくべきか。会場で守るべき作法があるのか。……などなど、本書では、中高年(30代~60代のおじさん、おばさん)がアイドルにハマり、アイドルの現場に足を踏み入れるためのごくごく初歩的かつ実用的なガイドとともに、2015年のアイドル現場を日記風に紹介していきます」

 また同書の構成としては、レクチャー&コラムとレポート(ほとんどがハロ現場)が交互に挟まり、最後にアイドルオタクとして知られるタワーレコード代表取締役の嶺脇育夫社長との対談で締める、という形となっている。

 全体的に「あくまで自身はアイドルオタクとしては新参者」という視点が貫かれており、主張が激しくなく、文体がライトであるせいもあって、とても読みやすい。かつ、入門書としての基本を押さえているため、極めて実用的だ。アイドルカルチャーが定着化した現状を考えると、同書は今後より重宝されて行くものになりそうだ。

 また、アイドル評論本としては、そのように一般層向きに書いてある点に、高い価値を感じる。アイドルファン内に向けて主観的にだけ書くと、読み物として面白くあったとしても、後には残りにくい。アイドルシーンの拡大とより深い定着を願う筆者としては、こうした「外向き」の本の方が、本という形にして残す意味を、より強く感じるのだ。

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