渋谷慶一郎と古市憲寿が語り合う、AIやアンドロイドによって変わった“人間同士の関係性”

渋谷慶一郎×古市憲寿が語る“AIと人間”

「AIができないことは『経験』だよね」

古市:僕に関してはAIが賢くなってからは、本に書いてあるような内容しか言えない物知りの話は聞き流すようになりましたね。「後でAIに聞けばいいや」という感じ。その方が正確だし、原典にも当たりやすくなりますしね。ただの二次情報に価値はない。

渋谷:情報は生(RAW)じゃないとというのは同意するな。僕たちが会うと膨大なRAWデータの応酬になるんだけど、問題は自分たちの周りのゴシップというのも究極的にRAWデータだという(笑)

古市:我々が会うと、AIも学習しようがない秘密のゴシップばかり話してますからね(笑)。深夜のパリで何時間も話してましたよね。翻って自分が本を書く時のスタンスも変わりました。自分がどう思ったとか、どう感じたかを強く意識して出すようになったかな。『昭和100年』という本でも、ただの情報の集積にならないように、「僕が行った」という経験を大事に書きました。

 例えば最近、僕はずっと万博開催地を巡っているんです。今年も日本で大阪・関西万博がありますけど、では過去の開催地はその後どうなっているのか。「ミラノの万博跡地は埼玉みたい」とか、その場で抱いた実感を重視して文章にしました。「それって、あなたの感想でしょ?」と言われるかもしれないけど、「感想以外はAIでも調べられますよね?」って時代になった気がするんです。ちなみにこの二年ほどで、世界の万博跡地をもう30ほど巡っているんですが、万博賛成派でも反対派でも、同じような人はなかなかいないはずです。

渋谷:主体が誰かという差は受け手にとっては、それしかないというくらい大きいでしょ。

古市:今って文化人や知識人と同じようなことを誰でも言えると思うんですよ。その違いは経験だけ。「表層的な情報で話す人」と「経験を基に自分の言葉で話す人」に分かれていくと思うので、できるだけ一時情報を集めるようにしています。

渋谷:当たり前だけどAIは身体的な「経験」はできない。だからメロディは無限に生成できるのにハーモニーというかコードは上手くいかない。例えばピアノでコードを弾くときは10本の指で押さえるけど、その時にどの指を強くしたらいいかは経験則だから。その経験則と「このコード進行はいい」みたいな判断は分かち難く結びついていたりする。

 単純なドミソに落とし込むのがポップスだけど、実際には作曲はどこまで行ってもエモーションとは切り離せないから、ドミソ(C)/ファラド(F)と和声が流れる時に「このドミソじゃないとダメ」という押さえ方で曲が生まれるわけ。その縦軸の時間経験が身体のないAIにはできない。アンドロイドを使ってこの辺を開発することも出来るかもしれないけど、現状この辺りは人間との分業かなという気もしてる。

古市:そうですね、身体的な経験はまだAIは難しいですね。AIに比べてロボティクスの進化は遅れている。そのせいで、しばらくは人間の仕事があるわけですけど。

――渋谷さんはアンドロイド・オペラ初のアルバム『ATAK027 ANDROID OPERA MIRROR』の話もリリースされましたが、ライブ録音の生オーケストラのサウンドを打ち込みに入れ替えたということで。かなり大胆な決定だと思うのですが、これはなぜだったのでしょう?

古市:普通は逆ですよね? 打ち込みで作っていた音楽を、きちんとリリースするから生音に置き換えるというのはよく聞きます。

渋谷:まさにそうで。人間の演奏って納得できないことが結構たくさん出てきてしまうのは前提として、このアルバムの場合は非常にコンセプチャルなものだから、そのライブ故の乱調というか納得できなさを受け入れるというのは辻褄が合わなかった。もっと言えば、今回の場合、明らかに人間のオーケストラの方がコンピューターよりも劣ってるいるな、という部分が作品の中で重要な部分だったから。

古市:どんな基準で優劣を判定するんです?

渋谷:一番大きいのはリズムで次が音程なんだけど、それは普通に言えば単に下手ということになったりする(笑)。

古市:「味がある」みたいな言い方もあるじゃないですか。

渋谷:決して二流のオケじゃないし、味で好きな部分もあったから1回本気でミックスしようとしたの。でも一通りやって聴き返してみて「これは自分の作品として出せないな」と思って、コンピュータでオーケストラのスコアを書くときに使うソフトウェアで最上のもので作り直すことに決めた。

 その分野が今すごい進んでて、僕が使ったのはBBCオーケストラの音を全部サンプリングしたSPITFIRE AUDIO「BBC SYMPHONY ORCHESTRA PROFESSIONAL」というソフトウェアで。このメーカーは色々なオーケストラのシュミレーションソフトをリリースしていて、ハンス・ジマーが監修しているものもあったりする。おそらく僕らが聴いている映画音楽のオーケストラサウンドの半分くらいはこれらのソフトウェアなんじゃないかと思う。

古市:へえ、そんな風に音楽って作られているんですね。

渋谷:今年に入ってから作ったNHKスペシャル「臨界世界」の音楽ではソフトウェアと人間の演奏家混ぜたりもしたけど、ソフトに関して言えば相当レベルが上がってきているから「どこまでが人間でどこまでがテクノロジーかわからない」ということに作ってて興奮する。

 アンドロイドオペラのアルバムのミックスはフランスでやったんだけど、フランス人は人間が好きだから、基本的にシュミレーションとか嫌いなの。でもエンジニアのフランス人も「ここまでいいとは思わなかった」って言ってたね。

 ただこれはコンピュータの中で全て完結しますってことでは全然なくて。各楽器のスコア全部に音符だけじゃなく、強弱も全て書き込んで、フルートからコントラバスまで一段ずつオーディオファイルを書き出してから、それをスタジオのアナログ卓に全部立ち上げて個別にEQとかコンプレッションとかかけてる。だから作業としてはオーケストラの演奏者がそこにいるのと変わりないわけ。つまり、人間と同じ手間がかかってるわけだけど、これは未来から見たら過渡期の在り方だと思ったな、作りながら。

古市:技術でいえば、漫画でも背景だけならAIの方が上手い。この先、「味」としてごまかしてきたものが、実は何でもないとされるのかもしれないですね。

渋谷:ありえるでしょ。小説だって援用できる部分が広がっていく可能性もある。

古市:小説は冒頭だけ書くと、あとは文体を学習してどんどん書いてくれますね。最近だとChat GPTは無料のトライアル版もありますが、「Plus」だと月20ドル、「Pro」だと月200ドル(3万円)。今後もっと値段が上がっていくと発表されていますね。ワンショットで何十万円とか何百万円とかになってくると、金銭格差と能力格差が顕著な時代になりますね。お金を持っている人ほど、どんどん賢くなってしまうわけですから。

渋谷:その傾向は強いよね。実はここ最近数年くらい、ソフトウェアでもハードでもシンセサイザーは高い方が質がいいという元も子もないことが頻繁に起きていて。昔は「安いソフトウェアで面白い音楽を作る」みたいなユートピアがあったけど、今みたいに「機械と人間が切迫してきて、どこまで境界か分からない」みたいな究極に贅沢な欲望を叶えようとしたら、一般ユーザーにどんどん普及するようなソフトウェアよりも、汎用性はないけどマニアックに作り込まれているソフトの方がいいってことになってしまう。で、そういうものは大体、高価だという。

古市:結局は全部お金なのか(笑)。政治家を見ても自信があるように見える人は、大抵お金があるんですよ。お金がない人は、やっぱりどこか頼りない。

渋谷:物凄く共感性が低い対談になってきてる(笑)。ただ言えるのは「お金を使う」というのは「決断」でしょ。決断の可能性ってあればある方が良くて。僕は若い頃はお金がなかったからよくわかるけど、お金がないと決断出来ないか、出来る決断の数が少ない。例えばさっき言ったNHKの音楽みたいに限られた時間のなかで音楽を作るとき、膨大な取捨選択を一瞬のうちにし続けないといけないわけ。特に映画とかドキュメンタリーの音楽でメインテーマをどうするかっていうときに、パッと聞いて「これじゃダメだ」「これでいこう」っていう決断に似てるのは、「このジャケットを買います」みたいなさ(笑)。「どっちにしようかな」という時はどっちもダメだから買わないほうがいいし、音楽だったら他に新しく作らないとダメなんだよね。

古市:買い物の経験と似てるのか。とはいえAIがまたユートピアを実現してくれる可能性もゼロではないですよね。全世界の知能がアップデートされて、人間は悠々自適に暮らせばいい。まあでも多分そうはならなくて、クリエイティブなことほどAIの仕事になって、人間はAIの管理のもと、身体を使う大変な仕事をやらされる。まあ、身体差とか、メンタルの状態も把握して勤怠管理をしてくれるでしょうから、無能な人間の上司のもとで働くよりはマシかもしれません。

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