モハメド・ファーミ氏の遺作『Afterlove EP』が描く“優しくも冷たい”日常 「死と再生」の物語が届けてくれるもの

『Afterlove EP』はパブリッシャーFellow Travellerが、2月15日にリリースした日常系アドベンチャーゲーム。開発を手がけたPikselnesiaは、『コーヒートーク』や『What Comes After』のクリエイターとして知られるモハメド・ファーミ氏が、本作のために設立したインドネシアのインディーゲームスタジオだ。
本作は2022年に亡くなったファーミ氏の遺作としての側面も強く、大切な人を失った主人公の再起というストーリーも相まって、過去作のファンからは「どのようにファーミ氏への気持ちにケリをつけてくれるのか」というゲームと現実を同一化した期待を背負っているようにも思える。筆者も氏が立ち上げたタイトルをすべてプレイ済みのファンという立場で、プレイするのを長年楽しみにしていた。本記事では本作がどういった作品であるかを紹介しつつ、どのような体験を味わわせてくれるのかに迫っていきたい。
ジャカルタを舞台にした日常系アドベンチャー
本作の舞台はインドネシアの首都ジャカルタを舞台にしており、プレイヤーは主人公のミュージシャンであるラーマを操作する形で世界へ溶け込んでいく。彼は恋人チンタを1年前に亡くしており、右肩上がりで人気になっていたスリーピースバンド「ジークムント・フュート」の活動を放棄。外部との連絡を絶つなど悲しみに暮れふさぎ込んでいた。物語はラーマが1年ぶりにバンドを再開しようと決意し、メンバーを呼び出す場面からはじまり、1カ月後に予定されたバンドの今後を決めるライブまでの日々をプレイしていく。
はじめに伝えておくと、本作は音楽活動を再開したラーマが悲しみや周囲の人々と向き合い、彼女の思い出を胸に素晴らしい楽曲を生み出すという、美しく尊いストーリーテリング“だけ”が描かれていくわけではない。

『Afterlove EP』が表現する物語は日常や生活に紐づいた軋轢や交流であり、バンド再開を決めたからと言って昨日までの世界が一変するわけではない。バンドメンバーのターシャとアディットは、チンタの死というラーマの背景を理解しつつも1年間放っておかれたという不信感も強く、久しぶりに音合わせをしてもアレンジの仕方ひとつでぎくしゃくしてしまう。活動していなかった期間で二人はそれぞれの人生へ向き合おうとしており、急なラーマの復活に困惑している様子も見られる。そして喪失を経て作詞作曲された愛や別れをテーマにした湿度の高い楽曲も、あくまでラーマの表現したい感情であって「ジークムント・フュート」の音ではないと突き放す場面があるのだ。そうしたバンドが続けられるのか、解散するのかといった現実に即したシリアスで人間臭いストーリーも忘れてはならない。
「ラーマ・シミュレーター」の行く末はプレイヤー次第

『Afterlove EP』はアドベンチャーゲーム・恋愛シミュレーション・リズムゲームの融合体験と銘打たれており、インドネシア出身のイラストレーターSoyatu氏によるカラフルでアニメ・漫画的なカットシーンも大きな魅力のひとつだ。プレイヤーはカウンセリングを受けたり新たな恋を見つけたりしてもよいし、生前のチンタとの思い出に耽溺してもよい。さらにラーマの脳内には死後に乗り移ったのか、悲しみの末に空想で生み出したのかは定かではないが、彼の行動に逐一反応を返してくれるチンタが存在しており、彼女との掛け合いも見どころだ。
本作はいわばジャカルタを舞台にした「ラーマ・シミュレーター」といったプレイ体験で、1カ月をどのように過ごすのかという選択が問われている。時が解決するという言葉に呼応するような、カレンダー形式で進む日常のなかでゆっくりと進展していく関係と心情の変化が描かれていくストーリーだ。決して劇的でスピード感のある展開ではないが、死の受容や他者との関係性はひとつの出来事で解決することはなく、痛みと時間をかけて向き合い徐々に慣れていくものだ。だからこそ本作の静かでゆったりとした温度感はテーマに最適だった。

この作品に1点だけ瑕疵があるとすれば、それは日本語フォントの選定だろう。あくまで重箱の隅をつつくような行為だと前置きするが、オリジナル版のフォントは書き文字風であり、UIがフリーハンドで描かれた本作の雰囲気に最適だと思えた。しかし日本語版ではいわゆる“中華フォント”が使用されており、日本ユーザーとしては違和感を覚えることも多い。ローカライズしていただいた成果物をありがたく享受している立場ではあるが、固くのっぺりとしたフォントの浮き具合は、『Afterlove EP』の丁寧に構成された世界観にヒビを入れ得る要素だと思えた。逆に言えばそれ以外に気になった点がないほど、暖かみがあり統一された作品だとも言えるかもしれない。
モハメド・ファーミ氏に向けて
最後に本作を通して考えた、筆者のファーミ氏への感情にも触れておきたい。『Afterlove EP』同様、彼の死後に遺志を継いで制作されたタイトルとして『コーヒートーク エピソード2:ハイビスカス&バタフライ(以下、コーヒートーク2)』も存在するが、そのテーマは「記憶」だった。多様な種族が入り混じる作中では、長命な種族と流行り廃りの賞味期限の短さの対比や、死亡すると記憶から消滅してしまう妖精の種族設定などが描写されている。スタッフロールの最初に「モハメド・ファーミ・ハスニを偲んで 愛しているよ」というテキストが表示されるなど、「どうかファーミ氏のことを忘れないでほしい」という思いに満ち満ちた作品だった。

そして『Afterlove EP』のテーマである「死と再生」も、ファーミ氏の生前から形作られていた要素だが、やはりどうしても連想してしまうユーザーも多いだろう。だからこそ本作は『コーヒートーク2』と並んで、ゲームが存在する限りいつまでも振り返ることのできるファーミ氏の墓標として機能し、プレイヤーと開発者を癒しつづけるのではないかと考えている。























