ヒトの認知を“拡張”するAR作品にはなにが必要か 『Hyper Music Venue』受賞者×主催メンバー×審査員長らが語り合う

ヒトの認知を“拡張”するAR作品とは?

ほぼ満場一致での最優秀受賞 決め手は、にじみ出た“熱量”

ーー審査員長を務められたくろやなぎてっぺいさんは、コメントで本作を絶賛されていました。どういった部分が受賞の決め手になりましたか?

くろやなぎてっぺい(以下、くろやなぎ):そもそもの部分でいうと、実は今回の審査会でほぼ満場一致で、Takashiさんの作品が絶賛されていたんです。みなさんいろんな理由を言っていたと思うんですが、たぶん一番は“熱量をすごく感じられた”、というところですよね。

 今回の『HMV』では、「でんぱ組.incのライブ演出」というのをテーマにしていました。ARやリアルに関係なくライブを演出するのはすごく大変な仕事。アーティストとお客さんで成り立っているように見えても、実はその周りに多くのプロのスタッフたちが関わっている。演出家がいて、舞台監督がいて、照明がいて、音響やカメラなどなど……本当に大勢の人で作り上げているのが「ライブ」というものなんですよね。

 で、そこに携わっている人たちの熱量がアーティストやお客さんにも伝わる場所だと思っていて、「良いライブ」になるための必須要素だと思っています。今回、Takashiさんはそれを1人で全部やっているわけじゃないですか。演出プランから配置してる美術セットまで、まるごと考えている。そうしたときに、アウトプットのディテールからも作り手の熱量が審査員たちにも伝わったのではないかと思います。

Takashi:うれしいですね(笑)。今回のプロジェクトが発表されたあと、ほとんどの休日を費やして制作していた感じでしたから。平日は忙しくてなかなか時間を取れませんでしたが、土日はとにかく渋谷に足を運んで、いろんな場所を見て回ったり、近くで制作をすすめたりしていたので。

くろやなぎ:そこまでの時間をかけて制作に向き合うのって、結構難しいと思うんです。けれど、そういう裏側の想いが審査員全員に伝わったんでしょうね。

ーー具体的な制作過程の話でいうと、これまでの活動で得られた知見はどのように作用したのでしょうか。

Takashi:制作ツールにはclusterのワールド制作で使うのと同じ『Unity』を利用したので、知見が活きた部分は多いかなと思います。たとえばUFOにきらびやかな光が映り込むといった表現はclusterでワールド制作をする過程で学んだ方法ですし、その映り込みを表現するときに使う画像は生成AIで作っています。

 やっぱり、元々のアイデアが無いといけないな、と感じる部分も多くて、それについては今まで自分が見てきた作品であったり、制作の過程で学んできた知見に助けられたなと思います。

 たとえば、XR作品ではないのですが、西野達さんが渋谷のハチ公をアート的に使うというプロジェクトを過去に公開していて、「ハチ公をお家に住まわせてしまう」というコンセプトに面白さを感じていたり、そのほかにもスクランブル交差点にあるデジタルサイネージで流れる、ハチ公をモチーフにした映像などに以前から惹かれていたんです。

くろやなぎ:へぇー! 場所は変わらず、その周りの環境だけを変えているんですね。

Takashi:そうです。こういうものを見ていくなかで、じゃあハチ公をもっと神さま的に見せたらどうか、とか、今までの知見と組み合わせて今回の作品が出来上がっていきました。

くろやなぎ:今回の作品では、街を歩く人々の頭上にサイリウムを振る演出がありますよね。このアイデアはどこで思いついたんですか?

Takashi:自分は、普段からAR作品をよく見ていて、たとえばSTYLYさんがお台場でやられていたプロジェクト『ARTBAY TOKYO アートフェスティバル2024~Port of Dialogue~』なども現地で体験していたのですが、そのときに“孤独感”を感じていたんです。自分が見ているとき、目の前の人は普通に歩いて行ってしまうじゃないですか。

くろやなぎ:なるほど、ARって個人のものだし、共有しづらいものですもんね。

Takashi:そうです。その寂しさを感じた経験があったので、せっかくでんぱ組.incさんのライブで盛り上がっているのに、見た人にその寂しさを感じてほしくないなと。楽しんでいるのは自分ひとりだけ、という見え方になっちゃうじゃないですか。

くろやなぎ:楽しんでいるのは自分ひとりだけっていう見え方になっちゃうと(笑)。

Takashi:はい(笑)。なので、その場にいる人たちの頭の上にサイリウムを出すことで、その人たちもお客さんとして扱ってしまう、ということを思いついたんです。

くろやなぎ:そういう実体験があって、それを解決するアイデアとして作品にうまく盛り込んだというのは、めちゃくちゃいいですよね。本当に今回の『HMV』でしかできないというか、渋谷だからこそできたことですよね。渋谷のスクランブル交差点で信号が切り替わるのを待っている人を利用するアイデアって、演出としてはずば抜けていましたから、そこも審査会ではみんなで評価していましたね。

“ニワカ”が作ったと思われたくない リスペクトから来る、入念な下調べを欠かさない姿勢

ーーくろやなぎさんが評価したポイントといえば、受賞の際のコメントで「ワンループでは気が付かない仕掛けがあった」というコメントもされていましたよね。これはどの部分のことだったのでしょうか?

〈くろやなぎ氏の受賞コメント〉

 渋谷を歩いている人をオーディエンスに変えるという大胆なアイデアがとても素晴らしい。コンテンツに関係なくその場にいる人がARサイリウムによってファンに見立てる演出そのものが、渋谷スクランブル交差点独特の密度を活かした空間になっていたと思います。今回のテーマ曲「Furure Diver」に合わせて渋谷をドームで包み込み、UFOをミラーボールに見立てるなどディテールまで凝っており、全体通して臨場感、没入感がありました。ワンループでは気づかない仕掛けがあり、おそらく渋谷の現地で私が一番長い時間再生していた作品でした。

引用元:https://hypermusicvenue.com/

くろやなぎ:今回の作品って、渋谷のスクランブル交差点をドーム型に囲い込んで、あたり一体をステージとして見立てる作りだったんですよね。そのコンセプト自体にももちろん驚かされたんですが、周囲にもたくさんの仕掛けがされていることに気が付いたんです。

 スマホの画面で見ていると視野角の限界があるので、やっぱり最初はメインとなるでんぱ組.incのメンバーを見るじゃないですか。けど、2ループ、3ループと見ていくと周りで動いているものがちょっとずつ気になってくるんです。

 よく見たら空の上に飛行船が飛んでいる、このカラフルなパーティクルはメンバーカラーを意識しているのかな、など途中途中で気付きがあって、一度では見切れないから、何度も繰り返し見てみようと思わされる作りになっていたんですね。一つの視点でいろんなものを詰め込む作品もあるなかで、Takashiさんの作品は360度にライブの演出が広がっていて、すごく没入感を得られました。

 それから、僕も映像制作の際にはいろいろなネタを仕込むことがあるので、そういう意味でもハマりましたね(笑)。2回、3回見て気が付く小ネタとか、おもわずスクリーンショットを撮りたくなるようなネタとか、そういうアイデアが散らばっていたのでそれを見たくて繰り返し再生していました。

Takashi:没入感という意味では、やっぱり“街全体を使うこと”を意識したので、気が付いていただけてありがたいです。後ろの駅ビルからビームを出したりとかもしていましたから。

くろやなぎ:メンバーカラーはやっぱり意識されていましたか?

Takashi:飛行船だったりとか、落ちてくる星やバルーンの色をメンバーカラーで合わせたりと、でんぱ組.incの要素を入れることは意識していました。

くろやなぎ:このライブを観たファンが喜ぶ仕掛けをしっかり入れているのも、すごく大事ですよね。誰に届けるか、受け手側のことを考えて、ちゃんと仕掛けをほどこしているという。Takashiさんも最初はでんぱ組.incの文脈をリサーチするところから始めて、それでここまで色んなネタを落とし込めているというのは凄いなと、あらためて思わされます。

Takashi:知っている人が見たときに、「でんぱ組.incのことをあまり知らない人が作ったんだな」と思われたくないなと思ったんです(笑)。自分は知らない側の人間だったので、それがバレないようにちゃんと調べましたし、なによりファンの方々が喜ぶような要素を入れたいな、という思いも強かったです。

 初期はメンバーの好きなものとかを調べて、とにかくそれを詰め込んでみようかな、とも思ったんですが、そうすると世界観がバラバラになっちゃって、断念しました。

ーー『HMV』のプロデューサーを務めたChujoさんからも、今回の作品を観たときの感想をお伺いできればと思います。

Chujo:私が今回の作品を観たときの最初の感想は、やはり「一瞬でスクランブル交差点がライブ会場に変異した!」ということでした。ARのプラットフォームを運営するなかで、やはりARの面白さというのは「人間の認知を変えられること」にあると思っているんです。

 ライブを観る瞬間までは、渋谷のスクランブル交差点にいたはずなのに、その現実が一瞬にしてライブ会場に変わる。そして「交差点に人がいればいるほど、ライブが盛り上がっている」という感覚になれる。今回の作品では、まさにそういった認知の変化が体験できました。

 今回の『HMV(Hyper Music Venue)』には、都市環境に別の空間レイヤーが重なっていくという意味が込められているのですが、「Hyper」には“超次元”というような意味合いもあるんですね。

 今回使われたボリュメトリックビデオは、三次元と時間軸をアーカイブする四次元的な、つまり“超次元”的なフォーマットです。そのフォーマットのライブ映像を視聴する会場というのが、『Hyper Music Venue』になるわけです。まさにそういうものを感じられる作品になっていたなと。

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