「チェルノブイリ」から「チョルノービリ」へ  「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズの魅力と変化

「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズの魅力とは

「……被害者であるということ、これはあまりにも屈辱的なことです……。ただ恥ずかしい。そもそもこのことをだれかに話したいとは思いません。みなとおなじでありたいと思っているのに、結局、ひとり、ひとりぼっちです。」

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ「セカンドハンドの時代──「赤い国」を生きた人びと」より、モスクワ地下鉄爆破テロの犠牲者、クセーニヤ・ゾロトワの発言

 「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズの第4作、『S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chornobyl』が2024年11月21日に発売された。

 シリーズとしては2009年の『Call of Pripyat(現題:Call of Prypiat)』以来15年ぶりとなる新作であり、多くのファンに待ち望まれていた作品だ。後述するロシアによるウクライナ侵攻によって開発が一時中断となるものの、このように発売されたこと自体驚嘆に値することと言えるだろう。

 ではそんな「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズ、一体ゲームとしてどのような魅力があるのか。なぜこれほど広く、そして深くファンに愛されてきたのか。シリーズ全作をプレイした筆者なりに、前作にあたる「三部作」から今年発売された『2』に至る経緯を振り返りながら、その真価について論じたい。

※この記事はセガの提供でお送りします。

ウクライナで作られたハードSF・FPS

 「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズは、2007年にウクライナのゲームスタジオ、GSC Game Worldによって開発された『S.T.A.L.K.E.R.: Shadow of Chernobyl(現題:Shadow of Chornobyl)』を1作目としてはじまったFPSである。その前日譚『S.T.A.L.K.E.R.: Clear Sky』と後日譚『Call of Pripyat』を含めた「三部作」に、2024年に発売された『S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chornobyl』を含めた一連の作品を、ここでは「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズとして扱う。

 舞台となるのは、ウクライナのチェルノブイリ(現チョルノービリ)原子力発電所跡地付近に発生した、不可思議な怪奇現象「アノマリー」が起きるエリア、通称「ゾーン」。「ゾーン」は2度の事故によってすっかり荒廃し、住人たちの多くが退去もしくは死亡したものの、そこに遺棄された謎の研究資料やアノマリーがもたらす副産物「アーティファクト」を求め、「ストーカー」と呼ばれる侵入者たちが後を絶たない。

 主人公もまたそうした「ストーカー」の一人だった。しかし、どういうわけか記憶の一切を失い、残された手がかりはただ手に握っていたPDAに記録されていた「Kill the Strelok」のみ。そこで主人公は、この謎に満ちた「ゾーン」で、同じく謎に満ちた自分の過去と、謎のメッセージの意図を知るための旅に出る。

──ここまで読めばおわかりのとおり、「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズの魅力の一つは、こうしたSFとミステリーが入り混じった奥深い虚構にある。実際、世界観はロシアの作家、ストルガツキー兄弟『路傍のピクニック』(邦題は『ストーカー』だが、ここでは原作の意図を強調するため原題に近い『路傍のピクニック』で表記する)に影響を受けており、そこから引用された「ゾーン」「アノマリー」「アーティファクト」といったSF的想像力が他のビデオゲームと一線を画している。

 しかし本シリーズがこれほど有名になったのは、(『路傍のピクニック』ではカナダにあると匂わされている)「ゾーン」の舞台がプルィーピャチ周辺……「チェルノブイリ原子力発電所事故」が起きた彼の地に設定されているためだろう。また『路傍のピクニック』において主人公たちの最終目的地だった「願望機」が、「S.T.A.L.K.E.R.」においてはよりにもよって事故の中心地となった原発に存在しており、つまりラストダンジョンがチェルノブイリ原発という大胆極まる設定に、当時筆者も驚いた記憶がある。

 いうまでもなく、ウクライナという国家およびウクライナ人という民族について語るうえで、チェルノブイリ原発の悲劇は心痛を極める。1986年の事故では、まず原発職員が致死的な被爆をし、次に事故を収拾するべくかけつけた現地の消防隊員も次々と倒れた。周囲では10万人以上の市民が住み慣れた街からの避難を余儀なくされ、事故の後も封じ込めるためにリクビダートルと呼ばれる作業員がウクライナを含む国々から駆り出され、その多くも被爆した。ソ連当局の杜撰きわまる安全管理と無謀な運用のために、ウクライナの土地、ウクライナの人々は永遠に癒えない傷を負ったのだ。

 その当事者であるウクライナの開発者たちが、プルィーピャチおよびチョルノービリを舞台に「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズを作り上げた。通常、これは考え難いことだ。日本における東日本大震災と福島第一原子力発電所事故を引き合いに出すまでもなく、当事者だからこそ傷は忘れがたく、タブー視する。それでも向き合い、上質なエンターテインメントとして仕上げること……それが、まず「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズの特異性と言えるだろう。

 しかも、「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズは単に悲劇の地を舞台にするだけでなく、それをSFとして昇華している。『路傍のピクニック』から踏襲した「ゾーン」「アーティファクト」といった設定により、本来忌避されるはずの土地に、一攫千金を夢見た「ストーカー」というならず者たちが集まってくる。他にも「ゾーン」を解明しようとやってきた研究者たちや、「ゾーン」の行く末をめぐって対立するふたつの勢力、そうした人々と交わるなかで生まれる有機的な物語は、かつて海外から持ちこまれた現実的悲劇を、自国の想像力によって塗り替えようという魂が籠められ、それが本シリーズのファンを世界中に作り出した所以だろう。

チェルノブイリからチョルノービリへ

 チェルノブイリ原発という悲劇を舞台に、『路傍のピクニック』から踏襲したSF的想像力を膨らませ、さらに「ごまかしのない」ゲームデザインによって「ゾーン」をよりプレイヤーにとって身近なものとした「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズ。こうした魅力をもって世界的にファンを作り出し、続編が絶たれた間もファンコミュニティによるMOD文化が続くなど、「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズは長らく愛され続けてきた。

 そんな「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズの続編がついに発表されたのは、2010年のこと。当初その発表にファンは湧いたが、2011年には開発するGSC Game Worldそのものが解散することが発表されてしまう。その後、2014年に創業者の弟、イェウヘン氏によって会社が再興され、あらためて正式タイトル『S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chornobyl』とともに開発の再開が発表されたものの、ようやくリリースされる間際という段階で発生したのがロシアによるウクライナ侵攻だった。

 YouTube上で公開されたドキュメンタリー『War Game: The Making of S.T.A.L.K.E.R. 2』で詳細が語られているが、ウクライナ侵攻という前代未聞の戦火は『S.T.A.L.K.E.R. 2』の開発に甚大な影響を及ぼした。クリエイティブ・ディレクターのマリア氏によってチームは辛くも戦火から逃れるものの、開発環境のほとんどを失い、また開発者の多くが祖国のために戦いに身を投じた。精神的にも、物理的にも、とてもゲーム開発そのものが立ち行かない状況にもかかわらず、彼ら彼女らは懸命に開発を続けた。

War Game: The Making of S.T.A.L.K.E.R. 2 Documentary

 そうした戦火からいまはまだ遠い日本で、筆者はついに開発を完了した『S.T.A.L.K.E.R. 2』を受領し、プレイする機会を得た。ネタバレにもなるため全容については割愛するものの、間違いなくこれは「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズ前三部作の哲学を踏襲しており、同時に2024年の現在でなければ作れない作品であると確信させられた。

 まず『路傍のピクニック』から継承されたSF的想像力の産物としての「ゾーン」。前三部作における「ゾーン」では控えめだったアノマリーやミュータントといったSF的要素が大いに強化され、一目見ただけでわかる異常現象には思わずワクワクするし、各地を徘徊するミュータントは前三部作のそれとは比べ物にならないほど恐ろしく、しかも冒涜的な新種まで投入されている(特にネズミの大群には驚かされた)。総じて、前三部作と比べてSFとしての完成度が大きく補強され、それだけで大いにユニークな内容に仕上がっている。

 そしてサブタイトル『Heart of Chornobyl』(ハート・オブ・チョルノービリ)から明らかなように、本作も前三部作と同様にプルィーピャチおよびチョルノービリが舞台であることは変わらない。前作と同じく、長らく無人となった家屋や工場から漂う、物悲しくもどこか儚い雰囲気は現代のテクノロジーによって再構築されているうえに、前作から10年経過したことによって勢力図が塗り替わり、ただの廃墟が拠点として改築されているなどの変化も楽しめる。そして当然、ネタバレを避けるうえで詳細は割愛するが、ウクライナ人およびウクライナに大きな傷跡を残した原子力発電所もまた、そこにずっと残されている。

 すでに何度か述べたとおり、開発スタジオであるウクライナのGSC Game Worldは、少なくとも我々日本やアメリカが決して経験しなかった数々の苦難とともに、「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズを作り続けた。前三部作では開発の途中(2004年)にオレンジ革命が発生し、その後『2』の開発にあたっては2014年にマイダン革命とクリミア危機、そして2022年から現在に至るまでロシア軍による全面侵略に晒されている。

 こうした一連の流れにあって、かつて存在したソビエト連邦から「チェルノブイリ」と日本で呼ばれ続けたその場所は、いまでは当事者を尊重するべく「チョルノービリ」と呼ぶようになった。こうした意識の変化は当然ながらウクライナ側にもあり、対外的に前作で『Shadow of Chernobyl』と題したのに対して本作では『Heart of Chornobyl』となっている。

 「チェルノブイリ」が「チョルノービリ」へと、傍観を決める日本でさえ変化した間、ウクライナに生きる人々はそれ以上の変化を余儀なくされた。そしてその変化は、10年以上の開発を続けた『S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chornobyl』において多くが反映されている。現代のテクノロジーで美しく再構成された世界、発展していく「ゾーン」と老いていく人々、そしてチェルノブイリ原発に対する複雑な心境。決して政治的に単純化できない感情がそこにあり、それこそが政治的に単純化され、分断していく非当事者の現代社会において、本作の存在意義は決して無視できないものではないか。

 最後に。本作をプレイすることを検討している、あるいはすでにプレイしている方には、音声言語の設定を「ウクライナ語」に変更することを推奨したい。ウクライナで作られ、ウクライナ人を描く本作の醍醐味を、より深く味わえると思う。

※記事初出時、編集部の判断により誤解を招くタイトルを記載しておりました。お詫びして訂正いたします。

■S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chornobyl(ストーカー2:ハート・オブ・チョルノービリ)
対応機種 : PC(Steam/Epic Games Store/Windows) / Xbox Series X|S

公式サイト:https://www.stalker2.com/ja

S.T.A.L.K.E.R. 2 is a registered trademark of GSC Game World Global Ltd. © 2024 GSC Game World Global Ltd. GSC Game World and its logos are Trademarks or Registered Trademarks Of GSC Game World Global Ltd. © S.T.A.L.K.E.R. 2 HEART OF CHORNOBYL a game developed GSC Game World.

ウクライナ侵攻に直面したゲーム会社は、いかにして“戦い続けた”のか 『S.T.A.L.K.E.R. 2』開発ドキュメンタリーレビュー

ウクライナのGSC Game Worldが制作したドキュメンタリー作品『War Game: The Making of S.T.…

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる