需要と供給のバランス、経済活動へのハードル……キーパーソンたちが考える“メタバース全体の課題”

【対談】成功するメタバースの作り方(後編)

 「メタバース」を筆頭に、拡大をつづけるバーチャルの世界。そんなバーチャルの世界には、現実世界同様にさまざまな「表現者」がいる。連載「Performing beyond The Verse」では、バーチャルにおけるありとあらゆる「創作」と「表現」にたずさわる人びとに話を伺っていく。第二回目は、株式会社往来の代表・ぴちきょ氏と、VRイベントプロデューサー・ディレクターのPONYO氏をお招きし、対談を実施した。

 一時、バズワード的な広がりを見せた「メタバース」という言葉。「AI」に取って代わられる一過性のものかと思われたが、実際のところ堅調を維持している。とくに今注目を集めるのが、企業・自治体の参入だ。

 しかし、こうした事例はときに成功例と失敗例の明暗差が際立ってしまう瞬間がある。話題の取り組みとして注目を集め、ユーザーの間「定番コンテンツ」として定着する取り組みもあれば、作ったはいいものの思うように集客ができず「ゴーストワールド化」してしまうものもある。こうした注目度の差が、目に見えてしまうことはメタバースのむずかしさの一つだ。

 では、どうすればメタバース参入は成功するのだろうか? 数多くのクライアント案件を手がけ、ユニークなコンテンツ作りに定評のある往来・ぴちきょ氏と、バーチャルファッションショー『Voyage』や、MyDearestのVR音楽ライブなど、数多くのユーザー主体イベントを成功させてきたPONYO氏二名による対談を通して、“成功するメタバース”のカギを探る。

 後編では、ぴちきょ氏が指摘するメタバースや『VRChat』が抱える課題と、コンテンツを作る側であるお二人の心構えについて、意見を交わしてもらった。(浅田カズラ)

需給のバランスが崩れつつある? 往来・ぴちきょ氏が指摘する「次なる課題」とは

ーー『VRChat』では流行を作るトップクリエイター層、次いでインフルエンサー、消費者という順で、UGCにおけるピラミッドが出来上がっていると。こうしたなかで、ぴちきょさんがおっしゃる「次の課題」とはどういったものなのでしょうか?

ぴちきょ:少し前に、とある方の「『VRChat』は大規模イベントが多すぎて、追いかけるのに疲れてしまった」という趣旨の投稿が、Xでプチバズしてたんですよね。実際、企業だけでなく、ユーザー側が仕掛ける大規模イベントが、ほぼ毎月あって、どれもクオリティが高い。おかげで飽和状態になってしまい、「別に今回見なくても、またすぐ次来るしな」という気分になっている人は多いと思います。

 正直、需要側にいるユーザーと供給側に立つプレイヤーのバランスが、若干崩れつつあるんじゃないかなって。1年前までは「ユーザーと企業とで手を取り合い、一緒に盛り上げましょう」という手法が効果的だったのですが、この先は少し厳しいんじゃないかと予測しています。

――需要供給のバランスがたしかに極端ですよね。誰でもイベント開催ができることもあって、「もう食べ切れないよ」という気持ちには自分も陥りがちです。UGCカルチャーならではの現象ですし、決して悪いことばかりではないと思うのですが……。

ぴちきょ:リアルに比べればイベントを開催しやすいですしね。おまけに、ふつうのユーザーとして長く遊んでいると、自分もなにかをやりたくなってきちゃう。そして、イベントを主催したり、既存イベントのスタッフに参加したりと、供給側に回る。そこからスタープレイヤーが生まれることもあり、なんだかインキュベーション施設みたいだなって思うんですよね(笑)。

――とはいえユーザーの総数は増えていっているわけでして、企業・ユーザー問わず、イベントの数も質も規模も増大していく中で、UGC発のイベントがどうスケールするべきか、というのは将来的に課題になるのではないかと思います。『VRChat』において「ユーザー発イベントのスケール」にはなにが必要か、お二人の見解をお聞かせください。

ぴちきょ:まずはスマホ版の普及が必要だと思います。日本では特にiOSユーザーが多いので、現在準備中と思われるiOS版『VRChat』のリリースと、そこに合わせてスマホ版ユーザーでも楽しめるコンテンツを増やし、スマホユーザーの層を厚くするのは手かもしれません。

YouTube「VRChat Android Beta Now Live -- No VRChat Plus Required!」

――まずは母数を増やすべき、と。VRChat社の施策や取り組みが左右する部分は大きいですからね。

ぴちきょ:自分もかつては『Oculus Quest(現:Meta Quest)』版の『VRChat』から参入した身なのでわかるのですが、Quest版から始めた人たちって、それまでの『VRChat』プレイヤーとはかなり特性が違うんですよね。そして彼らの参入で人口も増えた。iOS版リリース時にも、おそらく同じようなことが起きるはずです。

 あとは、『clutster』のようにひとつの空間の最大収容人数を増やすとか、クリエイターエコノミー機能の実装も、環境を変える要因になると思います。

PONYO:僕も大きくしていくという方向性では同じ意見なのですが、「コミュニティやジャンルを超える」というベクトルが重要だと考えています。

 たとえば『VRChat』にはたくさんの音楽イベントがありますが、界隈ごとにプレイヤーが明確に分かれているんですよね。現実の音楽番組だったら、アイドルもアーティストも一同に会することは普通なのに、ここにはその文化があまりない。なので、各界隈ごとに大きな活動の場をたくさん用意していって、最終的には紅白歌合戦のような、全てのジャンルから参加者が集まるような恒例行事を開催できたらいいなとは思っています。

――内部での交流を加速させて、相乗効果を高めるという観点ですね。

PONYO:ただ、この企画の実現には焦っていない……というか、焦ることができないんですよね。簡単に言えば、やはり人間関係が難しい。ユーザーイベントの規模を増やすには人手が必要になりますが、やはり世の中にはいろんな人がいる。合う合わないはありますよね。

 ユーザー主導のイベントは仕事でやっているわけじゃないので、各々の関係を全てお金でつなぐことはできない。現実社会のようにお金で上下関係が決まった世界ではないと指示系統も定まりにくい。それぞれ、立場こそあれど、みんな横一線の友人ですからね。一緒に活動する友人は尊重するべきです。

――先ほど挙げた『MyDearest JAM 2024 -OPEN THE GATE-』の制作チームがまさにその一例でしょうか?

PONYO:『MyDearest JAM 2024 -OPEN THE GATE-』に加えて、アイドルフェス『Cinderella Fes.』や、シンガーイベント『SPELA』は、「VIPROD.」という有志制作チームで担当しています。そして「VIPROD.」はいま固定のメンバーでやっています。

『Cinderella Fes.』

 前提として、自分はメンバー全員を役割に関係なく、心から尊敬しています。少しむず痒いですが、メンバーも同じように僕を信頼してくれていると思っていて、おかげで、プライベートも含めてすごく良好な関係を築けています。でも仮に、ここに新しいメンバーが加わったとき、そこから不協和音が生まれてしまうと、この関係が一気に壊れちゃうと思うんです。

 チームのあり方にはいろいろありますが、自分は個人の利益に重きを置くよりも「チーム主体」であることが大前提だと思っています。チーム単位で成功することを目指すうえで、熱意をもって思いを伝えて、活動の未来・ビジョンを見せて、時には身を切り崩してやってみせたり、厳しいことを伝える。それらが全てが、最高のチームを作り出すのに必要なんです。

 なので、スケールしようにも人を増やすのは簡単じゃない。その上で、人間関係という試練すら乗り越えられる仲間が増えた時に、次の大きな挑戦ができるようになる――それを無限に続けていく感じかなと思います。

ぴちきょ:質問してもいいですか? 弊社は事業として取り組んでいるので、PONYOさんとやり方が違うのは当然だし、おもしろいなぁと思って聞いていたのですが、そうしたチームを作った先のゴールってどのようなものなんでしょう? 経済活動が実現していない状態で走り続けるのって、かなりハードル高いと思うんですけども。

PONYO:フェーズを分けて考えています。いまはざっくり言うと「準備期間」です。

 『VRChat』でなにか施策を行うとき、求められるスキルや知識は膨大です。そして、スキルや知識があることを理解していても、実際にふれてみないと全くわからないんですよね。「思ってたことと全然違う。 やれると思ってたこともやれなかった」ということが起こりがちです。

 そして、参加者が10人くらいの小規模イベントと、数百人規模の視聴者がいるイベントとでは、その制作に携わるメンバーの挑戦に対する意欲レベルは段違いです。そんな「大きな場に挑戦できること」自体を、いまチームにいる人は魅力と感じてもらっています。そして、ここで得られた知識や技術を報酬としてもらう、という段階だと考えています。

ぴちきょ:いわゆるインターンみたいな感じですかね。

PONYO:言ってしまえばそうですね。なので、この報酬に価値があると考えられる方に対して、僕から声掛けをさせてもらっています。

ぴちきょ:それも割とハードルの高い話と言いますか。経験・技術を求めて常に新しいチャレンジをし続けるのか、同じ方向のまま進んで、誰か卒業したら新しくチャレンジしたい人を入れるかだったら、どっちになるんですかね?

PONYO:基本的には後者にしかならないと思いますね。

ぴちきょ:となると、チームとしての継続性を維持するのがすごい難しそうだなって思って。

PONYO:そこはもうバンド活動みたいな感じですね。脱退していく人もいるでしょうし、僕がいまチームの先頭に立って走っていますけど、僕が「もうできねえや」って思ったらその場でバンド解散です。

 でも、情熱を持ち続けてやれば、いつかメジャーデビューできるのかな、みたいな。どう夢を共有しあって、ワンチームでやっていけるのかが大事だなと思っています。なにぶん、自分はこういうやり方しか知らなくって。けっこうハートでやってます。

ぴちきょ:なるほど! お話聞いてると、方向性が自分とは違っていて、あらためて面白いなって。私は「経済活動の場を作りたい」というのが一番の目標なんですよ。自分も含めて、どれだけ経済活動の範囲を広げられるか。「そこで仕事をして生きていける人を何人増やせるか」がテーマです。

 お金を出す企業も、世の中のためになることをやりたい。そして、「世の中の役に立つ」ということには、どの企業もそれぞれの命題を持っています。そのためにメタバースを活用することで、メタバースという経済圏を広げ、人が働く場、生きられる場が増えることに共鳴してくれる企業さんと、弊社はお取り引きしたいと思っています。

 そして、いまは『VRChat』を使っていますが、『VRChat』にこだわらず新しい生き方、新しいご飯の食べ方ができる人を作り、広げていきたいんですよね。

PONYO:それはすごいですね……素晴らしい。

ぴちきょ:ただ、どっちが優れているという話じゃないんですよね。いろんな方向性を持ってクリエイティブに向き合ってる人がいるのが、すごい面白いなって。

PONYO:そうですね。僕は守備範囲というか、自分が大切にできるものの範囲がとても狭くて。ただ、その範囲の中では、「絶対にあなたたちの将来が豊かになるよう成功させたい」っていう、熱い気持ちをもって普段やっているんですよね。なので、それ以外のところは、全然考えてないんですよね。

――こうしてお話をうかがっていると、範囲に差はあれど、「関わってる人を幸せになるように」という姿勢は、お二人とも共通していますね。だからこそ、大きな反響があり、成功と言えるイベントを作り出せているのかなとも。立ち位置は少し違いますが、向いている方向はきっと一緒だと思います。

ぴちきょ:世の中でも、身近な人でも、強い思いとともになにかを良くするようにがんばるのが“仕事”だと思います! ただ、PONYOさんのような考え方を聞くのが初めてだったので、すごく興味深かったです。

PONYO:僕もすごくいい話を聞けました!

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